第22話 鉄屑の航路
イグニス星系の重力圏に入った瞬間、アラートが鳴り響いた。
予想通り、そこには歓迎のファンファーレではなく、ロックオン警報が待っていた。
「前方、敵性反応多数。巡洋艦クラスが二隻、駆逐艦クラスが五隻。その他、小型の戦闘艇がウヨウヨしています」
「反政府軍の封鎖艦隊か。寄せ集めって聞いてたが、数は揃えてやがるな」
俺は操縦桿を握り直す。
ハッタリで通れるならそれが一番だったが、向こうは問答無用で識別信号を送ってきやがった。
こちらの偽装IDが通じる相手じゃない。実力行使の時間だ。
「ルシア、仕込みは?」
「完了しています。慣性航行で先行させたデブリ群、接触まであと30秒」
第21話でドローンたちに集めさせた鉄屑の山。
その中には、アステリアで買った安物のチャフ弾頭や発信機を、ドローンを使って無理やり溶接してある。
ただのゴミじゃない。時限式のビックリ箱だ。
「よし、始めようか」
俺はスロットルを押し込んだ。 同時に、先行していたデブリ群が敵艦隊のセンサー網に突っ込む。 タイマーが作動。 真空の宇宙で、無言の爆発が連続した。 殺傷力はない。だが、撒き散らされた高密度の金属片と、偽の熱源信号が、敵のレーダーを真っ白に染め上げる。
「敵艦隊、混乱しています。通信傍受……『敵襲か!?』『数が多すぎる!』『落ち着け、ただの隕石だ!』……統率が取れていません」
「上出来だ。この霧に乗じて突っ切るぞ!」
マッコウクジラが加速する。
チャフの霧を突き破り、敵陣の中央へ。
混乱から立ち直りかけた駆逐艦が、慌てて砲塔をこちらに向けてくる。
「シールド展開率最大! 弾幕が来るぞ!」
光の雨が降り注ぐ。
直撃コースのビームがマッコウクジラのシールドに突き刺さるが、青白い光の膜は波紋を広げるだけで、揺らぎもしない。
この船のジェネレーター出力とシールド強度は、そこらの軍用艦を遥かに凌駕している。
エネルギー出力の桁がまるで違うんだ。教科書通りのシールド損耗率を想定した集中砲火程度じゃ、この防御壁を飽和させることはできない。
俺は愚直に直進しながら、火器管制システムをフル稼働させた。
飛来するミサイル群に対し、ルシアの補助を受ける船体各所の対空レーザーが自動追尾で反応。
正確無比な光の筋が、次々と弾頭を焼き払っていく。
「マスドライバー、発射!」
ドォン、という船体を揺るがす重い反動。
大出力ジェネレーターから供給される莫大な電力が、レール上の物体を亜光速の一歩手前まで無理やり加速させる。
射出されたのは、ただの巨大な岩塊だ。
だが、その運動エネルギーは桁外れだった。
閃光のような速度で飛来した岩塊は、敵駆逐艦の展開していたシールドを豆腐のように貫通し、そのまま装甲を食い破って反対側へと突き抜けた。
一瞬の静寂の後、駆逐艦の船体が内側からの衝撃波でひしゃげ、爆散する。
たかが投石と侮るなかれ。速度と質量は、暴力そのものだ。
「次! 右舷、ミサイルポッド!」
続いて放つのは、これまた安物の撹乱ミサイルだ。
派手な軌跡を描いて飛び回り、敵の対空砲火を引き付ける。
その隙に、本命のエネルギー兵装――連装プラズマ機銃を叩き込む。
俺にとっては牽制程度のつもりだったが、着弾した敵艦の装甲が飴細工のように溶け落ちていく。
ま、最新鋭の特殊戦闘艦が想定戦力の兵装達だ。軍用かも怪しい旧式も旧式の小型艦じゃ相手にもならんか。
小口径のガウス砲ですら、敵の複合装甲を紙切れのように引き裂いていく。
丸裸になった船体へ、ガウス砲とマスドライバーが突き刺さる。
物理装甲が紙のように貫かれ、内部から爆炎が噴き出した。
「正直、巡洋艦サイズには若干の不安があったが……所詮は非正規軍の艦船だな」
旗艦の撃破を見て、残りの艦がパニックに陥り回頭を始める。
「敵残存戦力、巡洋艦一隻、駆逐艦二隻。戦意喪失し、逃走を図っています」
「逃がすな。ここで見逃せば、また補給路を断ちに現れるだけだ」
本来なら、遠間の本命である大型ガウス砲で背中から撃ち抜いてやりたいところだが、あいにく弾倉は空っぽだ。
だが、手はそれだけじゃない。
マッコウクジラの艦首には、主砲扱いの特大型兵装『イオンキャノン』が鎮座している。
「イオンキャノン、照射!」
船体が低く唸りを上げる。
こいつに物理的な破壊力はほとんどない。だが、その効果は劇的だ。
放たれた広範囲のイオン流が、逃走する敵艦隊を飲み込む。
対策を施していない一般的なジェネレーターなら、過負荷を起こして機能不全に陥るはずだ。
ウチ? マッコウクジラのジェネレーターはほら、不思議出力だから......。自身の兵装が発する余波程度じゃびくともしない。多分直撃しても大きな問題はないだろう。
モニターの中で、敵艦の推進炎が不規則に明滅し、急速に速度を落としていく。
完全に足を止めたわけじゃないが、これだけ鈍れば十分だ。交戦距離も近かったし、簡単に追いつける。
俺はスロットルを押し込み、無防備になった獲物へと肉薄した。
あとは、射撃訓練のようなものだ。
動きの鈍った敵艦に、次々とトドメを刺していく。
「敵艦隊、全滅を確認」
「……ふう。片付いたか」
宇宙の闇に、七つの巨大な残骸と、無数のデブリが漂っている。 圧倒的な火力と防御力。回収してる状況じゃないのが非常にもったいないな。
敵艦隊の残骸を背に、マッコウクジラは惑星イグニスの重力圏へと滑り込む。
大気圏突入角、良好。
邪魔者はもういない。
「大気圏突入シークエンス開始。表面温度上昇。……マスター、降下ポイント周辺に対空砲火を確認」
「構わん、そのまま降りるぞ」
燃え上がる大気の炎を抜け、雲の下に出た途端、今度は地上からの歓迎だ。
曳光弾が空を裂き、至近弾が船体を揺らす。
眼下には、焼け焦げた大地と、瓦礫の山となった都市が見える。
そして、その一角に、ボロボロのテントが並ぶ難民キャンプがあった。
「あそこか!」
対空砲火が船底を叩く音がするが、分厚い装甲にとっては雨粒と変わらない。
俺は回避機動すら取らず、悠々と垂直降下へ移行した。
圧倒的な質量と防御力を見せつけるように、ゆっくりと、しかし確実に大地へ降り立つ。
「ランディングギア、展開」
ズゥゥゥン……。
重厚な着地音が響き、サスペンションが船体の重量を受け止める。
土煙が舞い上がり、周囲の対空砲火が沈黙した。
突然降りてきた巨大な鉄の塊に、攻撃していた連中も呆気に取られているようだ。
「……到着だ」
「シールド残量72%。装甲損傷なし。余裕の道中でしたね」
俺は大きく息を吐き、シートに深く沈み込んだ。
モニターには、土煙の向こうから、銃を構えた人々が恐る恐る近づいてくる様子が映っている。
痩せこけた顔。ボロボロの服。
敵意と恐怖の混じった視線。
俺は外部スピーカーのスイッチを入れた。
『……傭兵船マッコウクジラだ。アステリアからの救援物資を持ってきた。……腹が減ってるなら、手を貸してくれ』
その言葉を聞いた瞬間、人々の表情が変わったのを、俺は見逃さなかった。
300万クレジット分の仕事、まずは第一段階クリアだ。
だが、本当の地獄は、これからかもしれない。
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