第21話 娯楽なき航海
結論から言おう。俺は馬鹿だ。
「……暇だ」
コックピットで天井を見上げながら、俺は呻いた。
ハイパードライブでの航行中、俺は何をしていたか。
寝ていた。起きていた。そしてまた寝た。
以上だ。
「あれだけ服だの飯だのにこだわっておいて、肝心の『暇つぶし』を買い忘れるとは」
「マスターの短期記憶領域の容量に懸念が生じますね。」
ルシアが冷ややかな視線を送ってくる。
そうなのだ。アステリア星系で浮かれすぎて、映画のディスクや小説、あるいはゲームの類を一切買い込んでいなかった。
結果、俺たちはまたしても虚無と向き合う羽目になったわけだ。
◇
そんな後悔もそこそこに、マッコウクジラは通常空間へと復帰した。
場所はイグニス星系の外縁部。目的のコロニーからは、あえてそこそこ離れた宙域を選んだ。
ブゥン……という低い唸りと共に、ハイパードライブが停止する。
窓の外に広がるのは、見慣れた星空と、漂う無数の瓦礫――デブリ帯だ。
「座標確認。イグニス星系、第4惑星ラグランジュポイントL5付近。封鎖艦隊のセンサー有効範囲外です」
「よし。いきなり敵の目の前にドカンと出現して、狙い撃ちにされるのは御免だからな」
俺はメインスラスターの出力を絞り、慣性航行に切り替える。
ここからは隠密行動だ。
熱源探知を避けるため、排熱を最小限に抑えつつ、デブリに紛れて接近する。
「さて、と。偵察ついでに『弾』の補充もしておくか」
俺は火器管制システムを立ち上げると同時に、回収用ドローン部隊を展開した。
船体下部のハッチが開き、わらわらとかわいらしいドローンたちが宇宙空間へと散っていく。
狙うのは、手頃な大きさの岩塊や、廃棄された人工衛星の残骸だ。
「右舷15度、距離800。質量約500kgの金属塊を確認」
「了解。ユニット3、回収に向かわせろ」
モニターの中で、ドローンたちが獲物に取り付く。
自重の何倍もある鉄屑を、重力制御ユニットを使って器用に運び、カーゴハッチへと吸い込まれていく。
こいつらは全て、多用途マスドライバーの弾丸になる。
本来なら産業廃棄物でしかないゴミだが、電磁加速して叩きつければ立派な質量兵器だ。
何より、タダというのがいい。
「しかし、地味な絵面ですね」
モニターに映る回収作業を見ながら、ルシアが呟く。
「300万クレジットの依頼を受けている傭兵の姿とは思えません。やっていることは廃品回収業者と同じです」
「うるさい。現地調達はプロの嗜みだ」
俺たちは黙々とデブリを拾い集めた。
岩、壊れたソーラーパネル、潰れたコンテナ。
一時間もすれば、マスドライバーの弾倉は満杯になった。これで少なくとも、弾切れの心配はない。
◇
作業を終え、一息ついたところで腹が鳴った。
そういえば、アステリアを出てからまともな物を食っていない。
「……食うか」
俺は積荷のコンテナの脇に固定された、検品用のサンプルボックスを開けた。 正規の支援物資に手を付けるのは御法度だ。中には、今回の救援物資である『圧縮食料ブロック』が入っている。 被災地用ということで、保存性とカロリーだけを追求した代物だ。
一つ取り出し、無機質なビニールの包みを開ける。
出てきたのは、灰色の直方体だった。
匂いはない。これっぽっちも。
表面はザラついていて、触った感触は軽石に近い。硬さは……レンガよりはマシか、という程度だ。
「いただきます」
意を決して、角の部分をかじる。
ボソッ、という乾いた音が頭蓋骨に響く。
瞬間、口の中の水分が全て持っていかれた。
咀嚼するたびに、ブロックが微細な粉末へと崩壊し、舌や喉にへばりついてくる。まるで砂漠の砂を食っているようだ。
味は……絶望的に薄い塩味と、古くなった穀物の粉っぽさ。そして、舌の奥に残る微かなビタミンの苦味だけ。
『美味い』とか『不味い』の次元にいない。
これは、ただ延命するためだけに精製された、カロリーの塊だ。
「…………」
「感想は?」
「……テイスティキューブって、あんな粘土みたいな食感でも、やっぱり上等な品だったんだな」
俺は水で必死にブロックを流し込んだ。喉が拒否反応を示して痙攣するのを、水で無理やり押し込む。テイスティキューブは少なくとも、味と香りは完璧に再現されていた。脳を騙せるだけのエンタメ性があった。
それに比べてこいつはどうだ。ただ生き延びるためだけに固められた、味覚への冒涜だ。虚無そのものだ。
「こんなもんでも、待ってる連中がいるんだな」
「カロリーベースでの生存には不可欠ですから」
俺は残りのブロックを飲み込み、立ち上がった。
不味い飯を食ったら、逆にやる気が出てきた。
早くこの仕事を終わらせて、まともな飯を食おう。
「ルシア、偵察データはどうなってる?」
「収集完了。敵艦隊の配置パターン、および哨戒の死角となるルートを算出しました」
ルシアがコンソールに航路図を表示する。
デブリ帯を抜け、惑星の影を利用して降下ポイントへ接近するルートだ。
針の穴を通すような細い道だが、マッコウクジラの推力と俺の腕ならいける。
「よし。行くぞ」
俺は操縦桿を握りしめた。
娯楽はない。飯は不味い。
だが、船倉には満載の「弾丸」と、やる気だけはある。
マッコウクジラが静かに加速を始める。
目指すは戦火の星、イグニス。
世には天井を眺めることを休日の余暇としているひともいるらしい。こわい
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