第20話 次なる依頼へ
「……甘い。いや、甘すぎる」
帰り道、屋台で買った『砂糖味の炭水化物バー』をかじりながら、俺は顔をしかめた。
ジャリッという砂糖の食感と、パサパサの生地。それ以外の味はしない。
これなら、工場の直売所で見た味付け前の肉塊の方が、まだ「食材」としての尊厳があったかもしれない。
「マスター、糖分の摂取は脳の活動レベルを維持するために有効です。ですが、そろそろ現実的な『稼ぎ』の話をすべきかと」
「わかってるよ。服で散財した分、しっかり回収しないとな」
俺は食べかけのバーを包み紙に戻し、ポケットにねじ込んだ。
新しいジャケットの襟を正す。
ルシアも、鋼鉄のドレスの裾を優雅に払い、完璧な従者の立ち振る舞いを見せる。
準備は万端だ。いざ、商工会議所へ。
◇
アステリア星系の商工会議所は、活気に満ちていた。
モニターには無数の輸送依頼が表示され、商人や傭兵たちが怒号を飛ばし合っている。
前回ここに来た時は、受付の姉ちゃんに「アイアンランクの方はあちらの端末へ」と塩対応されたものだが……今回は違った。
「い、いらっしゃいませ! ブロンズランクのアキト様ですね! 個室へご案内します!」
俺たちがカウンターに立った瞬間、受付嬢の顔色が変わり、奥の応接室へと通されたのだ。
やはり、人は見た目が9割らしい。40万クレジットの投資効果は絶大だ。
それに、もう一つ理由がある。
俺は歩きながら、手元の端末をチラリと確認した。
いつの間にか、傭兵管理機構のクラスが『アイアン』から『ブロンズ』になっていたのだ。
俺の認識ではまだ2件しか仕事をこなしていないが、システム上では、前回の輸送で30件を超える星間依頼をこなした実績としてカウントされている訳だ。
調べる手段はいくらだってあるが、少なくとも管理機構の公開ページ上ではランクしかわからない。
何年もブロンズを維持しているベテランも、俺のようななりたてほやほやの奴も、同じ「ブロンズランクの傭兵」として扱われる。
まあ、一つ上の『シルバー』からは戦闘勲章みたいなところがあるからな。数だけじゃ上がれない壁がある分、ブロンズ帯は玉石混交だ。
この仕様と、ルシアを含めた見た目のハッタリ。
この二つが合わさって、俺を「手練れ」に見せかけてくれているわけだ。
通された部屋で待っていたのは、神経質そうな商会の支部長だった。
彼は俺のジャケットと、後ろに控えるルシアを交互に見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……単刀直入に申し上げます。貴方のような手練れを探していたのです」
「ほう?」
俺は足を組み、出来るだけ尊大に振る舞ってみせた。
内心は「バレないか?」とヒヤヒヤものだが、ルシアがポーカーフェイスで控えているおかげで、空間に妙な説得力が生まれている。
「依頼内容は?」
「イグニス星系への緊急輸送です」
支部長がホログラム地図を展開する。
イグニス星系。ここからハイパードライブで四日ほどの距離にある、鉱山資源が豊富な星系だ。
だが、地図上のその星系には、赤い警告マークが点滅している。
「現在、イグニス星系では反政府組織による内戦が激化しておりまして……。主要な交易ルートが封鎖され、深刻な食糧危機に陥っています」
「なるほど。救援物資を運べと?」
「はい。圧縮食料ブロック、医療キット、水浄化ユニット。コンテナにして50個分。これを、包囲網を突破して現地の難民キャンプまで届けていただきたい」
50個。通常なら中規模の輸送艦隊で運ぶ量だ。
だが、マッコウクジラのペイロードなら単艦で積める。
「報酬は?」
「危険手当込みで、300万クレジット。成功報酬として、現地での燃料補給権と、商会の特別優待パスも差し上げます」
300万。
喉から手が出るほどの金額だ。服代どころか、船の改装費まで賄える。
それに燃料補給権か。
マッコウクジラの謎動力炉に外部からの燃料補給は不要だが、そんな重要なスペックをわざわざ開示してやる必要はないだろう。権利だけ貰っておいて、他で売るなりなんなりすればいい。
リスクの方も、相手は反政府組織だ。正規軍じゃない、寄せ集めの雑多な艦隊なら、リスクは額面ほど高くはないはずだ。
「……包囲網を突破するということは、戦闘は避けられないな?」
「ええ。ですが、貴方の船のデータは確認させていただきました」
支部長が手元のタブレットを操作し、マッコウクジラのスペック表を表示する。
「強襲揚陸艦ベースの堅牢な装甲。軍用規格のシールドジェネレーター。そして……登録されている武装リストが素晴らしい。対艦パルスレーザー、連装プラズマ機銃、ガウス砲、各種ミサイルポッド……」
支部長が感嘆の声を漏らす。
ああ、そうだな。カタログスペック上はな。
「これだけの重武装なら、駆逐艦クラスが相手でも遅れは取らないでしょう。まさに『移動要塞』だ」
その「重武装」の大半は、メンテナンス不足やコストの問題で万全とは言えない。
だが、ここで「実は不安なんです」なんて言えるわけがない。
俺は不敵な笑みを浮かべ、あえて強気に言い放った。
「随分と買い被られたものだな。だが、俺の船は安くないぞ」
「わ、わかっております! 前金として100万、即金で用意します!」
「交渉成立だ」
商工会議所の設備を出て、俺はすぐに端末を操作した。
入金されたばかりの100万クレジット。その使い道だ。
現状、マッコウクジラの主力であるエネルギー兵装の上、小口径ガウス砲の弾薬も確保してある。ランクが上がったおかげで、ロックされていた一部の弾薬購入権限も解禁された。
普通の海賊相手なら、さして問題はないだろう。
だが、ミサイルポッドが空なのは気になる。
とはいえ、高価な誘導ミサイルを雨あられとばら撒くような戦い方は、大型艦が出張るような艦隊戦の領分だ。今の俺の財布事情じゃ、一斉射で破産しかねない。
「……いや、待てよ」
俺はカタログをスクロールし、ある項目で指を止めた。
攪乱ミサイル、デコイ、チャフ・フレア弾。
直接攻撃力を持たない、防御・攪乱用の安価なミサイル群だ。
「こいつなら安く買えるし、逃げる時の保険になるんじゃないか? 俺の趣味じゃなかったから使わなかったが、ミサイルポッドを空で余らせておくのももったいないだろう」
俺は迷わず購入ボタンを押した。
◇
一時間後。
マッコウクジラの貨物ブロックには、それなりの量のコンテナが積み込まれていた。
あの広大で寂しかった空間が、物資で埋まっていく。
それを見るのは悪くない気分だ。
……まあ、中身の大半が「不味い圧縮食料」だと思うと、少し複雑だが、何よりもまず人は生きるために飯を食わねばならない。
「マスター」
出港準備を進めるコックピットで、ルシアが呆れたように言った。
「心拍数が通常時の1.5倍です。ハッタリで乗り切るには、少々負荷が高かったのでは?」
「うるさい。結果オーライだ」
俺は汗を拭った。
「しかし、リスクの高い賭けです。本船の現在の実効戦闘力は、カタログスペックの30%程度。数が頼りの武装勢力に囲まれれば、ひとたまりもありません」
「囲まれないように立ち回るさ。保険の攪乱ミサイルも買ったし、それに、俺たちにはまだテストが終わってない武器があるだろ?」
俺はコンソールを操作し、船体下部のハッチロックを解除した。
多用途マスドライバー。
ジャンクだろうが岩だろうが、電磁力で射出するこの原始的かつ野蛮な兵器。
決して強力な兵器じゃないが、資源の流用によるリソース節約こそが今のこいつの本懐だ。懐事情にはおあつらえ向きと言える。
「ぶっつけ本番になるが、現地に着くまでにマニュアルくらいは読み込んでおくさ」
「了解しました」
メインスラスター点火。
ドックの固定アームが外れ、マッコウクジラが港を離れる。
目指すは戦場。
そしてその先にある、300万クレジットという莫大な「飯代」だ。
紛争地帯への殴り込みだ!いざ、イグニス星系へ。
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