第19話 食品「工場」
新しい服を身に纏い、俺たちは商業区画を離れた。
次なる目的地は、このコロニーの心臓部――農業プラント区画だ。
「攻略のためにも敵を知らねばな」
「マスター、この星系の治安は安定しており、特に農業プラント区画の警備は厳重です」
「ものの例えだ。あの不味い飯は敵だ、敵」
俺たちは作業用通路を進んでいく。 道行く作業員たちが、メイド服姿のルシアを二度見、三度見していく。やはりこの服は目立つ。だが、「どこぞの視察か?」と勝手に解釈してくれているようで、誰も咎めようとはしない。ちょっと意図とは違うが、高い服を買った甲斐があったというものだ。
やがて、分厚いガラス越しに、その光景は現れた。
「……壮観だな。というか、異様だな」
そこには、見渡す限りの緑――いや、薄い緑色が広がっていた。
巨大な円筒形の空間の内壁に沿って、整然と並べられた耕作ユニット。
人工太陽灯の強烈な光を浴びて育つのは、俺の知っている野菜とは似て非なる植物たちだ。
見上げるような高さの茎に、子供の頭ほどもある巨大な穀物っぽい実がついている。色は生気のない白っぽい黄色だ。
茎は自重を支えきれないのか金属フレームで無理やり固定され、根元には栄養剤を直接送り込むための太いチューブが血管のように突き刺さっている。
隣のレーンには、褪せた赤色の、ソフトボール大の果実が鈴なりになったツルが這っている。トマトっぽくはあるが、あまりに巨大で、かつ色が悪い。
「バイオマス生産効率は極めて良好です。成長速度と可食部の体積を極限まで優先した遺伝子調整種ですね。1つの区画だけで、標準的なコロニー市民三十万人分のカロリーを賄えます」
「味や見た目は二の次ってことか」
「はい。色素生成や糖度に関する遺伝子リソースをカットし、成長速度に回しています」
俺たちはプラントに併設された加工工場の見学通路へと移動した。
そこで行われていたのは、ある種の「虐殺」だった。
ベルトコンベアに乗せられた巨大な物体たちが、巨大な粉砕機へと吸い込まれていく。
バリバリ、グシャグシャという音と共に、それらは原形を留めないドロドロのペーストへと変わり果てていく。
さらに脱水、滅菌、成分調整、着色。
最終的に出てくるのは、均一な形に成形されたブロックや、チューブ詰めにされたゲルだ。
「……なるほどな」
俺はガラスに手をつき、唸った。
「素材の時点で、既に俺たちの知ってる『食材』じゃないわけだ。こいつを食えるようにするために、ああやってペーストにして味付けしてるのか」
野菜の実態はわかった。
なら、次はメインディッシュの正体を突き止めに行こう。
俺たちは通路を抜け、隣接する『合成タンパク質培養プラント』へと足を踏み入れた。
◇
農業プラントが「緑の異界」だとするなら、ここは「肉の工場」だ。
だが、そこに家畜の姿はない。
あるのは、林立する巨大な培養タンクと、無機質なパイプの群れだけだ。
「うわ……」
タンクの中身を見て、俺は思わず声を漏らした。
薄いピンク色の溶液の中で、無数の『何か』が蠢いている。
それは巨大な肉の塊だった。骨も皮もなく、ただ筋肉繊維だけが毛玉のように絡み合った、グロテスクなスポンジ状の物体。
溶液には絶えず成長ホルモンと酸素がバブリングされ、ボコボコと不気味に泡立っている。
さらに、定期的に高圧電流が流されているのか、肉塊たちはビクン、ビクンと一斉に、規則正しく収縮を繰り返している。生きているというよりは、プログラム通りに駆動する有機機械だ。
「筋繊維組織の培養槽ですね」
ルシアが事もなげに言う。
「家畜を育てるプロセスを省略し、可食部である筋肉のみをダイレクトに増殖させています。エネルギー変換効率は牧畜の約20倍。骨格や内臓を形成する無駄なコストを省いた、純粋なタンパク質の塊です」
タンクから引き上げられた肉塊が、アームに掴まれてラインへと運ばれていく。
肉塊はそのまま巨大なグラインダーへと放り込まれ、野菜と同じようにドロドロのペースト状にすり潰されていく。
「……ここでもペーストかよ」
「繊維の方向を均一化し、結着剤と調味液を混ぜ込むためですね。この工程を経ることで、どのような形状にも成形可能な『肉素材』となります」
ピンク色の粘土となったそれは、ノズルから押し出され、サイコロ状やステーキ状に成形されていく。そこでようやく、着色料による「肉らしい赤色」と、化学的な「肉っぽい味」が付与されるわけだ。
「どうしますか、マスター。直売所があるようですが」
ルシアが指差した先には、業務用の販売窓口があった。
そこにはペーストだけでなく、ラインに乗る前の筋肉塊も並んでいる。
『培養肉ペースト(未加工・味付けなし) 10kg 120クレジット』
『培養筋繊維ブロック(未粉砕) 10kg 80クレジット』
未粉砕のブロック。つまり、さっきタンクの中で脈動していたスポンジ状の筋肉そのものだ。 加工の手間がかかっていない分、ブロックの方がさらに安い。キロ単価8クレジット……日本円の感覚なら800円くらいか。激安の鶏肉並みだな。
「……なるほど、謎が解けた」 俺はブロックを見つめて呟いた。
「食堂で食ったあのフライ。ゴムみてぇな弾力があったが、十中八九、このブロックをスライスして揚げたもんだな」
純度100%、混ぜ物なしの筋肉の塊。だからこそ、あんな暴力的な食感だったわけだ。
納得がいった。
「買わないのですか? 『素材』としては、ペーストよりもマスターの好みに近いかと推測されますが」
ルシアの問いに、俺は少し迷ってから首を横に振った。
「……いや、やめておこう」
「おや、興味深い。てっきり飛びつくかと思いましたが」
「俺だって料理人の端くれだ、こいつをどうにかしてみたい欲求はある。だがな、今のマッコウクジラの設備じゃ荷が重い」
俺は苦笑した。
あの船のキッチンは、まだ空っぽの空間にコンロとシンクを置いただけの仮設状態だ。
こんな手強い食材――おそらく下処理だけで数時間はかかる――と格闘するには、道具も調味料も足りなすぎる。
「それに、今日はあくまで『敵情視察』だ。あのメシの正体がわかっただけで十分さ」
俺はタンクの中で脈動する肉塊をもう一度見上げた。
いつか船のキッチンが完成し、俺の準備が整ったら、その時はまたここに来て、こいつを最高のステーキに焼いてやるのも悪くないかもしれない。
だが、今はまだその時じゃない。
「帰ろう、ルシア。正体がわかったら余計に腹が減った」
「賢明な判断です。……マスターの精神衛生パラメータが若干低下しています。何か甘いものでも摂取することを推奨します」
「そうだな。帰りに屋台で『砂糖味の炭水化物バー』でも買うとするよ」
俺たちは逃げるように工場を後にした。
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