第18話 メイドの時間
「まいどあり! いやあ、助かったよ。これだけの量を一度に運んでくれる船なんて、そうそう捕まらないからねえ」
荷下ろしを終え、依頼主である商会の太った男がホクホク顔で端末を操作する。
俺の懐の端末に、通知音が鳴り響く。
今回の報酬は、32件分まとめて計96万クレジット。
手数料を引かれても、手元には十分な額が残る。
……はずだった。
「……高いな」
「高いですね」
商会を出てすぐ、俺とルシアはショーウィンドウの前で足を止めていた。
このコロニーでも比較的上等な服屋だ。一般コロニー市民向けでなく、宇宙船乗りのための高い耐久性や機能性を備えたやつだな。
飾られているのは、見た目は現代風のジャケットやパンツ、かわいらしいワンピースなんかもあるが、タグに書かれた値段はかわいくない。
『耐衝撃・防汚加工済みジャケット:120,000クレジット』
「服一着で12万か、カテゴリで言うなら防具になるし、妥当か?」
「最低限の防護性能と自動メンテナンス機能があるようですが……これでも最低限、最安値に近いですね」
ルシアが冷静に分析する。
この世界の物価は、俺の感覚からすると妙に歪だ。
工業製品や高品質な装備となると、途端に桁が跳ね上がる。
こういうものを買える連中が、更に金を手にできるわけだな。
今回の報酬の十分の一以上が、ジャケット一枚で消し飛ぶ計算だが、たった数日の1仕事で余裕をもってまかなえるのが本来異常なんだ。
「必要経費だ」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
「どっちも初期装備みたいな服じゃ、ハッタリを利かせて仕事を受けるのにも限度があるからな」
弾薬費と予備費を考えれば、ここでの散財は痛すぎるが、見目のいい服は商売道具だ。
ここは生産コロニーだから、大口の輸送依頼には事欠かない。でかい仕事を受けるには相応しい「それっぽさ」が必要だ。それに、ルシアの冗談も全くの嘘って訳じゃないだろうしな。
◇
「いらっしゃいませー……おや?」
店に入ると、カウンターにいた初老の店主が眼鏡の位置を直し、俺たちの――正確には、俺の半歩後ろに控えるルシアを見て、目を見開いた。
「こりゃあ……驚いた。随分と「よいもの」を連れてらっしゃる」
「……わかるか?」
「ええ、ええ、商売柄。着る者を見分けられなければ相応しい服は売れませんからな。皮膚の質感、駆動音の静粛性、立ち振る舞いの自然さ……。量産品の『奉仕ドロイド』とはわけが違う。オーダーメイドの特注品、価格にすれば数百万……いえ、お客さんの詮索はやめましょう」
店主の声が、ひそひそ話のトーンに変わる。
この世界において、アンドロイド自体は珍しくない。
だが、ルシアほど人間に見紛う精巧な個体を連れているというのは、ピカピカの超高級車を乗り回しているようなものだ。
連れているだけで、「こいつは何者だ?」「どこぞの貴族のお忍びか?」と勘繰られることになる。
「まあな。少々、ワケありでね」
俺は否定も肯定もせず、意味ありげに笑ってみせた。
こういう時は、相手の勘違いに乗っかるに限る。
店主の態度が、あからさまに丁寧になった。
「なるほど、なるほど。……して、本日はどのようなお召し物を?」
「こいつの服を。目立ちすぎず、かつ機能的なものがいい。予算は......50万だ」
俺は大見得を切ってやった。交渉系パークが仕事をしてくれることを見越してだ。日本人の性で値切りは苦手だが、やってみせようじゃないか。
「お任せください。このお嬢さんに既製品のペラペラな布切れを着せるなんて、許されないことです」
店主は奥へ引っ込むと、数着の服を抱えて戻ってきた。
そして、その中の一着を恭しく広げて見せる。
それは、黒と白を基調としたフリル付きのエプロンドレス――いわゆる、クラシカルなメイド服のデザインを踏襲しつつ、素材や装飾を現代的に洗練させたものだった。
「こちら、最新のナノファイバー混紡のバトルドレスです。デザインは伝統的な給仕服をベースにしていますが、貴族の警護用アンドロイド向けに特注された一点物でして」
店主が熱っぽく語る。
ただのコスプレ衣装ではない。生地には独特の光沢があり、見るからに頑丈そうだ。
「本来はオーダーメイド価格で60万クレジットは下らない品ですが……特別に45万でどうでしょう」
高い。予算ギリギリだ。
だが、モノをよくみせようと欲張ったな。俺は仕掛けることとした。
「貴族の特注品ねえ……。そんな上等な代物が、なんでこんな一般向けの店に置いてあるんだ? キャンセル品か? それとも横流し品か?」
「い、いやあ、それはその……」
店主が視線を泳がせる。図星か。
訳あり品ってことなら、話は早い。
「入手経路なんて野暮なことは聞かないさ。だがな、店主。よく考えてみろ」
俺はルシアと、ハンガーに吊るされたドレスを交互に指差した。
「そんな特殊な服、着こなせる個体を持ってる客が、この店に次いつ来るんだ? 一年後か? 十年後か? 下手をすれば一生倉庫の肥やしだろ」
「うっ……」
「いつ売れるかわからん在庫を抱え続けるより、今ここで俺たちに売って現金にしたほうが賢いんじゃないか?」
俺の言葉に、店主が脂汗を浮かべて唸る。
この手のニッチな商品は、客を選びすぎるのが欠点だ。俺たちが店を出たら、この服はまた暗い倉庫に逆戻りだ。
「あり合わせで構わない。俺用のジャケット一式もあわせて合計40万。どうだ? 悪い話じゃないはずだぞ」
店主はしばらく唸っていたが、やがて観念したように肩を落とした。
「……負けましたよ。お客さん、見た目に似合わず商売上手だ」
商談成立。
ルシアが試着室へと消え、数分後。
カーテンが開くと、そこには完璧な「メイド」が立っていた。
「……似合うな」
俺が素直に感想を漏らすと、ルシアは無表情のままスカートの裾を軽く持ち上げた。
「可動域に制限なし。素材の防護性能もスペック通りです。素晴らしい」
「どうです旦那様、素晴らしい着こなしでしょう!」
店主が自分の手柄のように胸を張る。さっきまで値切られて泣きそうだった顔はどこへやらだ。
俺もまた、店主の見繕った強化ジャケットに袖を通す。最低限の品だが、ジャンプスーツより何倍も印象がいいはずだ。
結局、会計は合わせて40万クレジット。 報酬の半分近くが消えたが、悪い買い物じゃないはずだ。
「マスター」
店を出て、ルシアがポツリと言う。
「私の服、予算オーバーだったのでは?」
「……必要経費だと言ったろ。それに、お前だけいい服着せて、俺がボロボロじゃ格好がつかないからな」
「そうですか」
ルシアは前を向き直り、ほんの少しだけ、声のトーンを下げた。
「……感謝します、マスター」
その言葉だけで、まあ、40万の価値はあったと思うことにした。
それにしても、金が飛ぶのは一瞬だ。
次の仕事も、気合を入れて稼がないとな。
ゲームのおしゃれ装備って高いよね...
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