表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スペース飯テロ輸送艦 最強宇宙船で本物の食材を狩り尽くし、最高のグルメで銀河をわからせる  作者: 空向井くもり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/62

第17話 フライ定食とラガー缶

 拍子抜けするほど何も起きず、俺とルシアはただただ広い船内で暇を持て余し――気づけば、アステリア星系に到着していた。


「平和すぎて、逆に不安になるな」


 アステリア星系。

 巨大ガス惑星アステリアを中心に、その衛星軌道上に無数の農業プラントとバイオドームがひしめく、このセクターきっての食料生産地帯だ。

 窓の外には、緑色の光を漏らす巨大な温室ブロックと、貯蔵サイロの塊のようなステーションが浮かんでいる。美しさとは無縁の機能美だが、生物的な活気を感じる場所だ。


 ドックに『マッコウクジラ』を固定し、ハッチを開ける。

 流れ込んできたのは、オイルと排気ガス、そしてどこか青臭い、肥料と植物の匂いが混じった空気だった。

 深呼吸をする。


「……臭いな」

「バイオプラント由来の有機肥料臭ですね。フィルター越しの数値ですが、空気中の汚染レベルは基準値内です」

「だが、人の住む場所の匂いだ」


 俺たちはタラップを降りた。

 依頼されていた荷物の積み下ろしは、船のドローンたちに任せてある。

 積荷は肥料なんかに利用するらしい鉱物精製物質だ。

 32件分の貨物パレットを人力で降ろすなんて、腰が砕けるどころの騒ぎじゃない。ドローンがいなけりゃ、積み下ろしだけで大変な時間と労力が掛かっていただろう。文明の利器万歳だ。


 真っ先に向かったのは、税関でも交易所でもない。ドックの作業員たちがたむろする、薄汚れた港湾区画の一角だ。


 そこから漂ってくる匂いに、俺は思わず足を止めた。

 肥料の臭いじゃない。

 焦げた油。刺激の強い香辛料。そして、何かがジュウジュウと焼ける音。

 間違いなく「飯屋」の匂いだ。


 作業着の男たちが、腹をさすりながら薄汚れた暖簾をくぐっていく。

 その光景を見て、俺は心の底から安堵した。

 ここには、ちゃんと「食」を求める人間がいる。

 ただ燃料を補給するだけじゃない、味と満足を求める文化が生きているのだ。


「行きましょう、マスター。貴方の足取りが速くなっています」

「わかるか? そりゃあ速くもなるさ」


          ◇


「へい、定食一丁!」


 油でギトギトになったカウンター。

 天井のファンが頼りなく回り、喧騒と熱気が渦巻いている。

 俺は席につくなり、壁のメニューを指差して注文した。


「定食一つ。それと、その黄色い酒……ラガーもくれ」

「あいよ!」


 俺の目の前に、湯気を立てるプレートと、『プハリ・ラガー』と印字された銀色の円筒形容器がドンと置かれた。

 表面にはびっしりと水滴がつき、キンキンに冷えていることを主張している。


 メインは合成肉のフライ。付け合わせは色の濃い野菜の油炒め。そして、黄色っぽい合成米の山盛り。

 これだ。これを求めていた。


「いただきます」


 俺はプラスチックの箸を割り、フライに噛み付いた。


 ガリッ、とした衣の食感。

 その後に来るのは、スポンジとゴムの中間のような、弾力がありすぎる肉の感触だ。

 噛み締めると、肉汁の代わりに、濃縮された旨味調味料と油がジュワリと染み出してくる。

 正直、肉の味じゃない。

 「肉っぽい味のする何か」を、高温の油で無理やりねじ伏せた暴力的な味だ。


 たまらず、合成米をかきこむ。

 ……こっちはハズレだ。

 パサパサとしていて、噛んでも噛んでも甘みが出てこない。

 古いダンボールを水で戻して固めたような、ただ胃袋を物理的に埋めるためだけの虚無の味がする。

 だが、あのスペース・カレーの『炭水化物ゲル』に比べれば、少なくとも「粒」があるだけマシだ。あれは消しゴムだったが、こっちはまだ食べ物としての体を成している。


 濃い味のおかずで誤魔化して、喉に押し込む。


「……熱い」


 口の中を火傷しそうなほどの熱さ。

 それだけで、涙が出そうになるほど美味い。


「兄ちゃん、いい食いっぷりだな」


 隣の席で、俺と同じ銀色の缶を煽っていた作業着の男が、プハァと息を吐いてニカッと笑いかけてきた。


うえから降りてきたばっかりか? 船乗りはみんな、ここに来ると獣みたいに食うからな」

「ああ……冷たいレーションと、水で戻しただけの餌に飽き飽きしてたところだ」

「違いねえ。船の中じゃ、火を使った料理なんて贅沢品だからな」


 男はフォークで自分の皿の炒め物を突き刺した。


「ここみたいな食料生産コロニーじゃあ、巨大な農業プラントが直結してる。新鮮……とは言わねえが、少なくともキューブになる前の『素材』が手に入る。それをこうやって、強い火力で炒めて食う。こいつは俺たち『下』で働く人間の特権よ」


「特権、か。悪くない響きだ」


 俺は炒め物を口に運んだ。

 野菜のシャキシャキ感……はない。冷凍解凍を繰り返したような、少しふにゃっとした歯ごたえだ。

 味付けも濃すぎて、舌が痺れるような感覚がある。

 間違いなく、身体に悪い。ジャンクな味だ。


 それでも、俺の身体はこの「毒」を歓喜して受け入れている。

 胃袋が熱を持ち、脳が『もっと食わせろ』と指令を出している。


「ルシア、お前も食うか?」

「いえ、私は有機的なエネルギー補給を必要としませんので」


 向かいに座るルシアは、俺ががつがつと飯を食う様を、まるで貴重な実験動物を見るような目で見つめていた。


「……瞳孔拡大、体温上昇。マスター、すごく『幸せ』そうな顔をしてますよ」

「データじゃわからん美味さがあるんだよ」

「栄養バランスは推奨値を大きく下回っていますけど」

 ルシアは少しだけ目を細めた。

「その満足感については、興味深いですね」


 俺は最後の一口を飲み込み、黄色いラガーで流し込んだ。

 喉を焼くような炭酸と、安っぽい苦味が、油っこい口の中を洗い流していく。


 ゲフ、と行儀の悪い音が漏れる。

 半分は「なんだこの不自然な食い物は」という困惑。

 だがもう半分は、間違いなく「生きててよかった」という純粋な幸福感だった。


 さて。

 腹も満ちたことだし、服を見に行くとしようか。

 ちゃんとした飯が出せたぞ!......ちゃんとしてるぞ!


 面白かった、続きが楽しみ、と思っていただけたら「★」をポチッと!


 アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ