第120話 嵐の予感(物理)
オービットでの補給と整備を終え、俺たちは出航前の時間を利用して、共有スペースに集まっていた。
これからの長旅、そして次なる目的地についての作戦会議を行うためだ。
「さて、次の目的地についてだ。エマ、説明を頼む」
「は、はいっ! では、説明させていただきますぅ」
エマが端末を操作し、ホログラム・プロジェクターを起動させる。
空中に浮かび上がったのは、白く濁った不気味な惑星の映像だった。
エマは眼鏡をクイッと押し上げ、少し背筋を伸ばして口を開く。いつもの怯えた様子とは違う、学者の顔だ。
「次の目的地は惑星『ゼ・フ・ァ』。教授からの指定座標にある、未開拓の荒野惑星です。見ての通り、地表の9割が分厚い雲に覆われています」
「うわ、真っ白。これ全部雲?」
ミナの疑問に、エマは淀みなく答える。
ホログラムの映像には、雲の合間から覗く荒涼とした大地が映し出されていた。
「はい。この惑星の大気は極めて不安定で、常に音速に近い暴風が吹き荒れているんです。平均風速は毎秒80メートル。瞬間的にはその倍近くに達することもあります。」
さらりと恐ろしいことを言うエマに、俺以外の全員が顔を引きつらせた。
秒速80メートル。地球の台風なんて目じゃない。ジェット気流の中に生身で飛び込むようなものだ。
「うげぇ……そんな場所に降りるの? 自殺行為じゃん!」
「通常装備ならな。だが、今回はアレがある」
俺は視線で後部のロッカーを示した。
そこには、真新しい装備が鎮座している。『対極限環境用スーツ』だ。
正式名称は『全領域環境遮断型外骨格 "ゼノ・ガード・Mk.IV"』。先日、アズライトにある特殊環境装備の専門店で購入した代物だ。
本来は惑星開拓やバイオハザード汚染区域で使われる重装甲スーツで、耐熱、耐寒、耐圧性能は軍用規格すら上回る。
道中の輸送の上がりも、この出費で大半が吹き飛んでしまった。だが、命には代えられない。それに、これがあれば今後の食材探しの幅も広がるはずだ。
「スーツの対衝撃性能なら問題ありませんが、念のため『パーソナル・シールド』も併用してください。舞い上がる砂礫の運動エネルギーは馬鹿になりませんから」
エマが補足するように付け加える。
「準備は万端だ。で、肝心の獲物は?」
「はい、こちらですぅ」
エマが画像を切り替える。
表示されたのは、二本足の奇妙なシルエット。
ダチョウと恐竜を足して割ったような姿だ。強靭な脚力と、風を受け流す流線型のフォルムが特徴的だ。
「今回のターゲットは、この暴風の中を走り回っている生物、『ビュ・ン』ですぅ。……現地調査員がつけた名前らしいんですけど」
「非常に安直な命名ですね」
ルシアが呆れたように呟くが、エマは解説を続ける。
「彼らは風に乗って移動するため、常に全力疾走しているんですぅ。その代謝機能は異常に高く、余分な脂肪が一切ない、完全な筋肉の塊。……大気成分や土壌のスペクトル分析からも、この惑星の保有毒素は極めて低いと推測されます。食材として、極めて安全かつ極上のはずです」
エマの説明を聞きながら、俺の脳内で記憶の引き出しが開く。
俺自身はダチョウを食ったことはないが、その肉は低脂肪高タンパクで、クセがなく、新たな肉として期待されていたとかなんとかだったはずだ。
宇宙に来てからというもの、合成食の『チキン風味』には何度も騙されてきた。
だが、こいつなら……本物の『鶏料理』に近づけるかもしれない。
「……鳥の肉か。いいな」
「それって、アキトがいつも言ってる『本物のお肉』ってやつ!?」
俺の呟きに、ミナが食い気味に反応する。
普段食べている合成肉や、風味を再現しただけの加工食品ではない。
「現在、市場に流通している『チキン』を冠する製品は、いずれも香料と結着剤による再現品であり、マスターの求める『本物の肉』とは似ても似つかないものです」
「そうだ。俺が言ってるのは、そのオリジナルのことだ」
「いいか、本物のチキンというのはな、ただのタンパク質じゃない。揚げてよし、焼いてよし、煮てよしの万能食材だ。特に、高温の油で揚げた『カラアゲ』は、カリッとした衣と溢れ出す肉汁のハーモニーが……」
「じゅるり……」
俺の熱弁に、エマが涎を啜る音が重なった。
ミナも興味津々といった様子で身を乗り出してくる。
「よくわかんないけど、すっごく美味しいってこと?」
「ああ。この『ビュ・ン』がその代わりになってくれるなら、100万クレジットのスーツなんて安いもんだ」
俺は拳を握りしめ、力強く宣言する。
「風速80メートルの嵐だろうが関係ない。俺たちは『本物の肉』を食いに行くぞ!」
「おーっ! アキトさん、期待してますぅ!」
重力アンカーが解除され、マッコウクジラの巨体がふわりと浮き上がる。
スラスターが青白い光を放ち、俺たちの船は星の海へと滑り出した。
ダチョウ肉食べてみたい。卵は大丈夫です。
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