第117話 商業コロニー「オービット」
オービットへの到着は、予定通りの時刻だった。
コックピットのメインスクリーンに映し出されたのは、巨大なリング状の居住区を持つ、きらびやかな商業コロニーだ。
「うわっ、すごい……! あのリングの外壁、どうやって曲率維持してるの? 構造材の継ぎ目が全然見えない!」
「それにあの広告! あんな高出力のホログラム、初めて見た……! 粒子制御どうなってるの!?」
ミナがスクリーンに張り付き、食い入るように外の景色を眺めている。
スラム育ちの彼女にとって、この光景は衝撃的だろう。だが、その感嘆のポイントは明らかに一般的ではなかった。
きらびやかな夜景そのものよりも、それを成立させている「技術」の方に興味が向いているらしい。
「ふむ。帝都の商業区画によく似ていますね。懐かしいですぅ」
「ああ。中心に近い商業区画は、だいたいこんなもんだ」
対照的に、エマと俺は冷静だった。
エマは帝都やテクネ・プライムといった「都会」を知っているし、俺にしてみればゲーム時代に見飽きた光景だ。
巨大なホログラム広告が踊り、空中にシャトルが行き交う様は、まさにサイバーパンクな近未来都市といった様相だが、この程度なら驚くほどではない。
「……さっさと入港するか」
俺は淡々と入港シーケンスを実行した。
マッコウクジラが、指定された商用ドックへと滑り込んでいく。
◇
ドックに降り立つと、そこには既に依頼主の代理人が待っていた。
カイから紹介された仲買人、ミスター・ハルだ。
神経質そうな痩せ型の男で、手元のデータパッドと俺の顔を交互に見比べている。
「アンタがカイの言ってた運び屋か。……見たことない型の船だな」
「中身は最新だ。指定の品はここにある」
俺は冷凍コンテナのハッチを指し示した。
だが、ハルはすぐには中身を確認しようとせず、データパッドに表示された相場表を淡々と読み上げた。
「アズライト・シャイナーだな。今の相場はキロ単価でこれくらいだが……輸送中の歩留まり係数をかけると、提示額はこのあたりになる」
提示された金額は、想定の半分ほどだった。
俺が眉を顰めると、ハルは当然といった顔で鼻を鳴らした。
「不満か? だが、この魚は繊細だ。近隣からの短距離輸送だとしても、加減速のGや振動で、平均して4割から5割は身割れして死ぬ。その分の廃棄ロスを引けば、妥当な額だろう」
「……なるほど。統計上の『平均』で計算したわけか」
「ビジネスだ。リスクヘッジは当然だろう」
ハルは一度もコンテナを見ようとせず、数字だけで話を終わらせようとしている。
俺はため息を一つ吐き、ハルの目の前に指を突きつけた。
「御託はいい。現物を見てから決めろ」
「は?」
「中身を見る前に値段を決めるのは、素人のやり口だぞ。……それとも、自分の目利きに自信がないのか?」
俺の挑発に、ハルの眉がピクリと跳ねた。
彼は不機嫌そうに舌打ちをすると、大股でコンテナへと歩み寄る。
「いいだろう。だが、もし歩留まりが平均以下だったら、手数料は倍いただくぞ」
「構わんよ。開けてみろ」
俺がロックを解除すると、プシューという音と共に冷気が溢れ出した。
ハルが中を覗き込み――そして、固まった。
「な……」
そこにあるのは、アズライト・シャイナーの群れだ。
この小さな魚体を、近隣とは言え星間輸送するとはなかなか野心的な依頼だ。マッコウクジラでなければ、これほど繊細なブツを安定して運ぶのは困難だっただろう。
透き通った目、鮮やかなエラの色。死後硬直すら始まっていない、しなやかな魚体。
単に鮮度維持コンテナに放り込んで運ぶだけじゃ出せない質だ。
「まるで……数分前に海から上がったようだ」
「文句はあるか?」
「…………ない」
ハルは首を横に振った。
悔しそうだが、それ以上にプロとしての驚愕が勝っているようだ。
「酷い運び屋だと、輸送の衝撃で身割れして、半分も売り物にならないんだ。だがこれは……全部使える」
「アンタ、ただの運び屋じゃないな。……統計なんぞ持ち出した俺が馬鹿だったよ」
ハルは端末を操作し、決済処理を行った。
俺の懐端末が震え、入金通知が表示される。
基本報酬の50万クレジットに加え、品質ボーナスとして10万クレジットが上乗せされていた。
合計60万クレジット。近隣への短期輸送にしては破格の稼ぎだ。
「ちなみに聞くが、こいつはどう扱われるんだ? オークションか?」
「ああ。主に富裕層向けのオークションや、最高級レストランのメインディッシュになる」
ハルはコンテナを愛おしそうに撫でながら言った。
「こいつの切り身一皿で、5万クレジット……この辺の一般市民の年収が飛ぶな」
「5万……」
俺は絶句した。
日本円にすれば一皿500万円。
汎用合成食なら数クレジットで腹一杯になれるこの時代において、狂気的な価格だといえる。
「馬鹿げてると思うか? だが、連中は『本物の命』を喰らうことそのものに金を払うんだ。その優越感こそが、最大の調味料ってわけさ」
「……なるほどな」
俺は複雑な気分で頷いた。
「いい仕事だったよ。次があるなら、またアンタを指名したいくらいだ」
「機会があればな」
ハルと握手を交わし、俺はドックを後にした。
懐は温まった。最近の支出を考えると頭が痛いが、十分な収入だ。
「さて……」
俺は懐から、ミナとエマに渡された「買い物リスト」を取り出した。
ドックの出口では、ルシア、ミナ、エマの三人が待っている。
「マスター。終わりましたか?」
「ああ、完璧な取引だったよ」
「アキト! 早く行こ! あそこのパーツ屋、絶対すごいの置いてるって!」
「……ミナさん、落ち着いてください。アキトさん、必要なものはリストにしてありますからぁ……」
稼いだ金は、次の冒険のために使わなければならない。
俺は騒がしい連中に苦笑しつつ、歩き出した。
「よし、必要なものを買いに行くぞ」
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