第116話 温かさ満ちる『つみれ汁』
オービットへの到着を翌日に控え、マッコウクジラの船内は静けさに包まれていた。あとは自動操縦に任せて到着を待つだけだ。
「ふぅ……」
俺はブリッジのキャプテンシートで大きく伸びをした。
モニターの時計を見れば、夕食には少しばかり遅い時間だ。
昨夜は新鮮な刺身に舌鼓を打ったが、そうなると今夜は少し違ったものが食べたくなる。
「温かい汁物がいいな」
冷たい刺身の次は、胃に優しい温かいものが恋しい。
俺は隣でコンソールを操作していたルシアに声をかける。
「ルシア、一区切りついたし飯にしよう」
「了解しました、マスター。同行します」
ルシアは業務を一時中断し、俺の後ろをついてくる。
彼女には休息など必要ないのだが、こうして俺の生活リズムに合わせてくれるのはありがたい。
キッチンに入り、俺は冷蔵庫からイワシ――アズライト・シャイナーを取り出した。
「今日はこいつを使って、つみれ汁を作ろうと思う」
「つみれ、ですか? ライブラリによると魚肉を練り固めた団子状の食品……とのことですが」
「ああ。骨ごと叩けばいい出汁が出るし、無駄がない」
俺はイワシを手早く処理していく。
頭を落とし、腹を割いて内臓を掻き出す。今回は三枚におろさず、骨がついたままのぶつ切りにする。
それをまな板の上に並べ、包丁を二本持ってリズムよく叩き始めた。
「トントントントン……」
軽快な音がキッチンに響く。
ルシアが興味深そうに手元を覗き込んでくる。
「骨ごと粉砕しているのですか? 効率的な摂取方法ですが、調理プロセスとしては原始的ですね」
「この手間がいいんだよ。骨から良い味が出るし、食感も良くなる」
叩き続けること数分。
身がミンチ状になり、粘りが出てきた。
「あ、アキト! なんかいい音させてる!」
音を聞きつけたミナが、オイルまみれの作業着のまま顔を出した。
新しく積んだ冷凍コンテナの調整をしていたらしく、髪にはうっすらと霜がついている。
まな板の上の魚肉を見て、目を輝かせる。
「それ、細かくするんでしょ? 私が専用の粉砕機作ってあげよっか? 骨まで一瞬だよ!」
「いや、今回はいい。手で叩くことで繊維が適度に残って、ふんわりした食感になるんだ」
「ふーん……。こだわりだね」
「まあ、他にも便利な調理器具はいろいろあるからな。フードプロセッサーとか」
「何それ? どんなの?」
「俺も構造まで詳しくは覚えてないが、機能なら教えられる。必要なものがわかったら、オービットで買えばいい」
「うん! わかったら私が図面引いてみる!」
ミナは嬉しそうに飛び跳ね、シャワーを浴びに行くと走り去っていった。
俺は叩いた身をボウルに移し、塩だけを加える。
卵や片栗粉といったつなぎはないが、塩を加えてよく練ることで、タンパク質が変化して粘りが出る。
これで十分に固まるはずだ。
「本当は味噌があれば最高なんだがな……」
ないものねだりをしても仕方がない。
そもそも、以前手に入れた醤油ですら大豆由来ではなかった。
味噌が手に入るのがいつになるのか、あるいはこの銀河に存在するのかさえ定かではない。
魚節も昆布もないため、出汁はイワシそのものから出る旨味だけが頼りだ。
鍋に湯を沸かし、スプーンですくったつみれを落としていく。
ポン、ポンと湯の中に白い塊が沈み、やがてふわりと浮き上がってくる。
灰汁を丁寧に取り除き、酒と塩、そして最後にごく少量の醤油で味を調える。
「いい香りだ……」
醤油の香ばしさと、魚の脂が溶け出した甘い匂いが立ち上る。
シンプルな塩味ベースだが、素材が良いだけに期待ができそうだ。
「さて、もう一品ほしいところだな」
俺は保冷庫から、収穫してきたばかりの『モヤシモドキ』を取り出した。
耐熱ツタの新芽だ。まだピンと張っていて瑞々しい。
「ナムル風にするか」
鍋に湯を沸かし、サッと湯通しする。
水気を切ってボウルに入れ、塩と、手持ちの食用油を回しかける。
この油、精製度は高いのだが風味が乏しいのが欠点だ。
だが、ここに醤油をひと回し加えるだけで劇的に変わる。
「よし」
醤油の塩気とコクが油と混ざり合い、それらしい風味を醸し出す。
立派な副菜の完成だ。
丁度、風呂上がりのミナと、エマルガンドもやってきた。
俺は三人分の椀によそう。
「ほら、座れ。丁度できたところだ」
湯気を立てる椀と、小皿に盛られたナムル。
それに温かい合成米のご飯。
質素だが、今の俺たちには最高のご馳走だ。
「いただきます」
まずはつみれ汁を一口。
「……ん、美味い」
派手な味ではない。
けれど、イワシの脂と旨味が溶け込んだスープが、五臓六腑に染み渡るようだ。
塩だけで練ったつみれは、魚の味がダイレクトに伝わってくる。
時折当たる骨の食感も、不快ではなく良いアクセントだ。
「はふっ……熱いけど、美味しいですぅ……!」
「お魚の味がするー! この団子、ふわふわだけど、たまにコリコリして面白い!」
エマとミナも、顔を見合わせて笑顔になる。
続いて、モヤシのナムルへ。
「シャキシャキして最高! この味付け、いくらでも食べられるよ!」
「ただの草だと思ってましたけど、油と醤油でこんなに変わるんですね……」
モヤシの淡白な味を、油のコクと醤油の風味が補っている。
箸が止まらなくなる味だ。
「マスター。この『つみれ』における骨の粉砕処理は、カルシウムの摂取効率だけでなく、食感の多様性にも寄与していますね。塩のみでの結着も、魚本来の風味を損なわない合理的判断です」
「ああ。素材がいいからな。足りないものは多いが、うまくできたと思うよ」
俺は茶碗を持ち上げ、イワシの出汁が効いた汁を、最後の一滴まで飲み干した。
ふぅ、と漏れた吐息が、満足げにキッチンに溶けていく。
「ごちそうさまでした」
誰に言うともなく呟き、空になった椀を置く。
その音を合図にしたように、マッコウクジラのエンジン音が小さく唸った。
明日にはオービットだ。忙しくなるだろうが、この温かさが待っているならなんとかなりそうな気がした。
実は香りのある油が無いのかなり困るな?
これ、前も言った様ような気もします。
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