第115話 『新鮮イワシ定食』
航行中のブリッジで俺はメインモニターをチェックしていた。
「ルシア、オービットへの到着予定時刻は?」
「現在の巡航速度を維持した場合、48時間後にドッキング・ベイへ接続可能です。依頼主の専用コンテナも異常ありません。現在、温度・湿度ともに最適値を維持しています」
ルシアの報告に、俺は軽く頷いた。
積み込んだ貨物の状態は良好だ。
依頼遂行に支障はないだろう。
「……よし、一段落だな」
大きく伸びをして、息を吐く。
緊張の糸が解けると同時に、腹の虫が小さく鳴った。
時計を見れば、丁度いい時間だ。
「飯にするか」
俺は立ち上がり、キッチンへと向かった。
◇
「マスター。夕食の準備ですか?」
キッチンに入ると、ルシアが先回りしてお茶の準備をしていた。
「ああ。とびきり鮮度のいいやつが入ってるからな。刺身にする」
俺は冷蔵庫から、一匹の魚を取り出した。
アズライト・シャイナー。
地球のイワシによく似た、青く輝く小型魚だ。
鮮度維持フィールドから出したばかりのそれは、死後硬直すら始まっていないかのように身が張っている。
まな板の上に置き、包丁を手に取る。
キッチンには水流の音だけが心地よく響く。
まずは頭を落とし、腹を割く。
内臓を傷つけないように素早く掻き出し、血合いを流水で洗い流す。
鮮度がいい魚は、水に濡れると宝石のように輝く。青い背中と銀色の腹、その境界にある虹色の光沢が美しい。
今回は手開きで捌いていく。
中骨に親指を添わせ、ズルリと滑らせるように身を開く。
包丁を使うよりも身に熱が伝わらず、骨も綺麗に取れる。イワシのような小魚には、この方法が一番だ。
「……しかし、こうして魚を扱うとなると、このキッチンも少し手狭だな」
シンクの深さや作業スペースの広さが、本格的に魚を扱うとなると少し物足りない。
以前の冷凍食品を温めるだけの生活なら十分だったが、こうして「料理」をするようになると不満が出てくる。
いずれ改装も進めたいところだ。
そんなことを考えながら、開いた身を冷水に潜らせる。
キッチンペーパーで水気を拭き取ると、指先に吸い付くような弾力が伝わってきた。
「いい匂いですぅ……!」
「アキトー! まだー?」
準備が整う頃、鼻をひくひくさせたエマと、待ちきれない様子のミナがキッチンに入ってきた。
「おう、丁度できたところだ。座って待ってろ」
俺は人数分の皿に、銀色の切り身を丁寧に並べていく。
薬味には、ショウガモドキのすりおろし。
そして合成米を用意する。
イワシの刺身定食、完成だ。
「おおー! これ、アズライトシャイナー?」
「綺麗ですぅ……。宝石みたい……」
食卓には、既にルシアがお茶を用意して待機している。
俺たち三人は席に着き、手を合わせた。
「いただきます」
俺はテーブルに置かれた醤油差し――巨大な備蓄タンクから、扱いやすい小型容器に移し替えたものだ――を手に取る。
小皿に傾けると、トクトクという音と共に黒い液体が注がれる。
夢にまで見た本物の醤油を、こうして日常的に使える。この光景だけで、胸に来るものがある。
ミナとエマも真似をして醤油を注ぎ、刺身へと箸を伸ばした。
たっぷりと醤油を絡ませて、白飯と共に口へ運ぶ。
「んん~っ!! おいしい!」
「冷たいのに、口の中で溶けますぅ……! このタレ……醤油がまた、最高に合いますぅ!」
ミナは満面の笑みで頬を膨らませ、エマルガンドは眼鏡を曇らせながら恍惚の表情を浮かべている。
俺もまた、刺身と白飯を掻き込んだ。
「……美味い」
温かいご飯の熱で、刺身の脂が活性化する。
米と魚、そして醤油。
これ以上の組み合わせが、この宇宙にあるだろうか。
米の課題はまだ大きいが、しかし咀嚼するたびに幸せが溢れてくる。
「マスター、良い表情ですね」
「ああ。……やっぱり、魚はこうじゃなくちゃな」
俺は空になった茶碗を見つめ、小さく笑った。
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