第104話 ルゴラ・ゲートウェイ
マッコウクジラのメインブリッジを、巨大な影が覆った。
視界のすべてを埋め尽くすように横たわる、超巨大なリング構造体。
帝国の中枢領域へと繋がる第一の結節点、『ルゴラ・ゲートウェイ』だ。
「……マスター。ルゴラ・ゲートウェイ進入管制圏内に入りました。現在、待機軌道には三千隻を超える艦艇が滞留しています。」
ルシアの報告を受け、俺は窓の外を見た。そこには重厚な装甲を持つ軍輸送艦から、煌びやかな貴族の遊覧船、順送物資を詰め込んだ民間船が、気が遠くなるような行列を作っていた。
「三千隻か……。先が思いやられるな」
「はい。通常の手順であれば、新規登録船がこの関門を抜けるには、検疫と身元照会で数時間を要します。特に本艦は完全な『初回通行』であるため、厳しい審査対象となることが予測されます」
俺が腕組みをしてホログラムを見つめていると、隣で端末を操作していたエマルガンドが顔を上げた.
「アキトさん、ご安心ください。ルシアさん、船体識別番号と共に、シュタイン教授から発行された『研究員同行証明書』を添付して送信してください。署名コードは……教授のプライベートキーを」
「了解. 送信を完了しました」
通信を送った直後だった。
モニターに表示されていた「未登録船、待機軌道へ移動せよ」という無機質な赤色の警告が、一瞬で「最優先承認」を示す黄金色へと塗り替えられた。
『――こちらルゴラ・ゲートウェイ管理局。マッコウクジラの船体識別番号、および同行者の署名を確認した。初回通行記録を承認。帝都特等科学顧問の直轄任務として全プロトコルを免除する。A-01レーンへ進入せよ。航路上の全船舶、直ちに同艦へ進路を譲れ』
管理局の、威厳を投げ出したような慌てふためいたアナウンスに、俺は隣のエマルガンドを見た。
「……おいエマ。初回通行の壁がゼロ秒になったぞ」
「アキトさん、自分も教授直下の随行員で代理ですから、その辺の科学者よりずっとクリアランスが高いんですよぅ」
ふにゃりとした笑みを浮かべるエマを、俺は改めてじっと見つめた。
いつもは飯を美味そうに食っているだけの、どこか抜けたところのある奴だと思っていた。
だが、管理局を瞬時に黙らせるデータを揃え、教授のプライベートキーを預かっているこいつもまた、銀河の頂点に立つ『賢人会』の重鎮がその傍らに置くことを許した、選ばれし人間なのだ。
ゲートへ向かう傍らで、ルシアが淡々と端末を操作して『決済完了』のログを表示した。
教授の権威によって時間は節約されたが、重量級輸送艦であるマッコウクジラの通行料は変わらない。提示された額は、優先レーンの手数料を含めて百万クレジット近い大台だった。フリーポートでの交易で得た利益が文字通り桁違いの勢いで削られていくが、俺はそれを黙って見届けた。
時間を、そして『本物』への距離を金で買えるのなら、安いものだ。
「跳躍後、海洋惑星アズライト・プライムを擁する星系への予定時間は約十八時間です」
「十八時間か……。準備をするには十分だな。ルシア、到着までの間にアズライト・プライムの情報を集めておいてくれ」
「了解しました。マスター」
「……よし。ミナ、海洋惑星に着く前に、包丁を研ぎ直しておくぞ。次はいよいよ、海のものだ。あのツナの感動を超えるような、とんでもない食材の宝庫に違いないからな」
「アキトが作る新しい味、わたしも楽しみにしてるから!」
マッコウクジラは、停滞する数千隻の群れを置き去りにし、黄金の航路を滑り出した。
こういう話が難しいですね。
スムーズに行きすぎて書くことが……
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アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!




