第103話 深夜に染み入る『ポテトサラダのスパニッシュオムレツ』
前回同じ話を投稿していました……すいません。
修正してありますので102話からどうぞ
深夜のキッチンは、日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
俺は冷蔵保管庫の最奥から、厳重に保護されていた小さな容器を取り出した。中にあるのは、シュタイン教授から譲り受けたあの「本物の卵」、その最後の二玉だ。
「……ねえアキト、それって」
カウンター越しに覗き込んでいたミナが、息を呑むのがわかった。
「ああ。最後の二つだ。……こいつを使って、お前の空腹を黙らせてやる」
「えっ!? だ、ダメだよ、そんな貴重なもの! あと二つしかないなら、もっと……みんなで食べられる時とか、アキトが元気ないときとか……」
ミナの耳が、戸惑いと申し訳なさで激しく揺れる。だが、俺は迷わずに卵を二つとも手に取り、コンクの縁で軽く叩いた。
「いいんだよ。ま、二つの卵を四人で食うのはちょっと無理があるからな。こういう時に、一番必要としている奴のために使ってしまうのが正解だ」
「アキト……」
「それに、さっきはちょっと暗い話をして疲れただろ。こういう時にこそ、こういう『本物』を食って元気を出すのが一番なんだよ」
俺はボウルに二つの卵を落とし、白身と黄身が一体となるまで丁寧に解きほぐす。さらに、保存庫に僅かに残っていた合成チーズを細かく削り入れた。そして、昨日作ったあのポテトサラダを、まるごとボウルの中へ投入した。
「えっ、混ぜちゃうの?」
「ああ。全部一体化させて、厚焼きにするんだ。スパニッシュオムレツ風にな」
黄金色の卵液とチーズの欠片が、芋の隙間、ベーコンの縁、タマネギの層へと染み込んでいく。ボウルの中で、昨日までの「残り物」が、全く別の料理へと再構築されていくのがわかった。
フライパンに合成油を引き、十分に熱が回るのを待つ。そして、具材たっぷりの液体を一気に流し込んだ。
――ジュワァァッ……!!
静まり返った深夜の艦内に、鮮烈な音がひときわ高く響く。俺は箸で大きくかき混ぜ、厚みを持たせながら円盤状に形を整えていく。火力を落とし、じっくりと中まで熱を通す。
「いい匂い……。知ってるものばかりなのに、全然知らない匂いになってる」
「ポテサラの具材が卵の中で蒸し焼きになってるんだ。味が凝縮されるぞ。……材料は同じでも、やり方が違えば全然違うものになる。それが料理の面白いところだ」
フライ返しと手首のスナップを駆使して、くるりと裏返す。両面をこんがりと、美しいキツネ色に焼き上げる。
皿に滑らせるように盛り付けられたそれは、ふっくらと厚みのある、黄金の円盤だった。
『ポテトサラダのスパニッシュオムレツ』。
「さあ、熱いうちに食え」
俺がナイフでケーキのように切り分けると、断面からは湯気が立ち上り、卵と一体化したホクホクの芋が顔を出した。ミナは震える手でそれを口へと運んだ。
ミナが目を見開き、咀嚼するたびに耳がピンと跳ねる。
「……あたたかい。アキト、これ、すっごく暖かくて優しい味がする」
「ポテトが卵の熱を溜め込んでるからな。卵も二つ使ったし、しっかり食べ応えもあるだろ。隠し味にチーズも入れてある」
「そうじゃないよ。……ううん、それだけじゃない。なんだか、アキトの気持ちが、この厚い塊の中に全部詰まってるみたい。私のために、これを使い切ってくれたんだなって……そう思ったら、なんだか胸がいっぱいになっちゃって」
ミナは二口目、三口目と、噛み締めるように食べていく。
卵とポテト、そして溶けたチーズが混ざり合うことで生まれた、逃げ場のない旨味。それが彼女の心と腹を、同時に満たしていく。
「……うん、やっぱりすごい。……私、明日からも頑張れるよ、アキト」
「そうか。……なら、正解だったな」
俺は空になった皿を受け取り、満足げに耳をパタパタさせている少女を見送った。
冷蔵庫に残っていた貴重な卵は、これで全て消えた。
だが、その代わりに、この船には「設計図」には書かれていない、確かな絆が刻まれたはずだ。
俺は静かになったキッチンで、自分の掌を一度握りしめた。
卵二つでこれだけの力が生まれるなら、いつか「米」を手に入れた時、この船は一体どうなってしまうのだろうか。
マッコウクジラは、真夜中の黄金の余韻を乗せて、ゲートウェイの巨大なリングへと、その舳先を力強く進めていた。
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