第102話 模造品の魂、本物の空腹
うっかり同じ話を投稿していました……申し訳ない
深夜。マッコウクジラの艦内は夜間モードに切り替わり、メインライトが落とされた通路は非常灯の淡い青色に沈んでいた。
俺は共有スペースの片隅のソファに深く腰を下ろして、手元の端末に映し出されたコミックを眺めていた。
「……やっぱり、起きてた」
不意に背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、だぼだぼのTシャツを羽織ったミナが立っていた。普段は元気に跳ね回る彼女の耳も、今は眠たげに少しだけ垂れている。
「ミナか。どうした、眠れないのか?」
「少し、お腹が空いて。……ねえアキト。一つ、聞いてもいい?」
彼女はカウンターの椅子に腰を下ろすと、じっと俺の顔を見つめてきた。その瞳は、暗がりの中でも不思議な光を宿している。
「ゼニト・パルドアで食べた、あのプレミアム・キューブ。……アキトは、本当は全然美味しいと思ってなかったでしょ」
図星だった。俺は苦笑いしながら、読みかけのコミックの画面を閉じた。
「バレたか。……まあ、マズくはなかった。ただ、俺にとっては食べ物というより、薬品か何かを口に入れている感覚だったんだよ。体が『これは食い物じゃない』って拒否してるような感じだな」
俺の答えを聞いて、ミナは少しだけ意外そうに眉を上げ、それから自嘲気味に笑った。
「そっか。……私は、あのキューブを不味いとは思わなかった。むしろ綺麗で、栄養が凝縮されてて……純粋に、ご馳走だなって思ったんだ」
ミナはそう言って、自分の膝を抱えた。
「だって、私はずっと、もっと安くて、味がしなくて、喉を通る時にざらつくようなペーストばかり食べてきたから。あれだって十分、私にとっては贅沢なもの」
彼女の言葉に、喉の奥が少し熱くなった。
「でも、アキト。アキトが作るご飯は……なんていうか、全然違う」
「どう違うんだ?」
「情報量、なのかな……。噛むたびに、感じることが多すぎて、びっくりする。素材の形があって、音があって。アキトが一生懸命に手を加えてくれた『力』みたいなのが、身体の芯から広がっていく感じ」
ミナは自分の胸に手を当てて、その感覚を確かめるように言葉を紡ぐ。
「キューブは『正解』を教えてくれる。でも、アキトのご飯は『生きてる』ってことを教えてくれる。だから、一度アキトのご飯を知っちゃうと……あの青いキューブを食べて、アキトがなんであんなに悲しそうな顔をしてたのか、少しだけわかる気がする」
ミナがじっと俺を見る。その視線は、一人の『バイオモーフ』としての複雑な背景を孕んでいた。
「アキトは、不思議な人。バイオ・コアのカボチャとも友達みたいに話すし、私のことも、エマのことも……なんだか、すごく『普通』に接してくれる」
「普通、か。それが変なのか? 市場にはいろんな種族がいたけどな」
俺の言葉に、ミナは首を横に振った。
「トカゲの人たちは、いいの。彼らは『天然の異星人』だから。自分たちの星で進化して、自分たちの文化を持ってる。でも、私たちは違う。……私たちは、バイオモーフ。設計図のある命」
彼女が静かに自分の出自を口にした。
「私の前の世代たちは、まだ人が住めなかったヘルメス星系の開拓に利用するために、研究所で『設計』された製品だった。私みたいな第三世代は、もう生存基盤が整って死亡率も下がったけれど……それでも、帝都の連中からすれば、私たちは『不自然な模造品』。天然の異星人には敬意を払う人たちも、人間に似せて作られた道具が、人間と同じ感情を持って笑うのは不気味なんだって」
ミナの視線が、ブリッジの方向に向けられた。
「あんなに賢くて、私たちを助けてくれるルシアだって、帝国法律じゃ『高度な計算機』でしかない。私たちバイオモーフも同じ。肉体は生きていても、成り立ちに設計図がある以上、感情さえもプログラムされた偽物だと思われてる」
ミナが自分の耳に触れる。その指先は、僅かに震えていた。
「開拓が終われば、強すぎる筋力も鋭すぎる感覚も、いらなくなるから。だから、アキトが初めて会った時から一度も嫌そうな顔をしなかったのが、不思議だった。……ねえ、アキトはどこから来たの?」
俺は少し考え、ゆっくりと口を開いた。
「……俺がいた場所は、ここからずっと遠い、もっとずっと原始的な場所だ。バイオモーフなんて技術はなかったし、人間は人間しかいなかったな」
「えっ、じゃあ余計に怖くないの? こんな、人間を壊して作り直したような私たちが」
「逆だよ、ミナ」
俺は笑って、コミックが開かれたままの端末を指さした。
「俺の故郷じゃ、ミナみたいな姿は『憧れ』の対象ですらあった。こういうコミックみたいな物語の中で、特別な力を持った、美しくて愛らしい存在として描われていたんだ」
「……憧れ? 私たちが?」
「設計図がどうこうなんて、俺には関係ないな。料理を美味そうに食うお前らは、俺から見りゃ十分『本物』だよ。むしろ……」
俺は少し照れくささを感じながら、本音を付け加えた。
「……個人的には、その耳、結構好きだぞ。感情に合わせて動くし、何より温かそうだしな。見ていて飽きない」
「――っ!」
ミナの顔が一気に赤くなった。
垂れていた耳が、今度はピンと立ち、激しく前後左右に動き始める。
「な、な……何言ってるの、アキト!」
「はは、すまん。だが本心だ。ミナはミナだろ。俺に美味いもんを食わせてくれって言ってくる、大事な仲間だ」
ミナは顔を両手で隠し、しばらく沈黙していたが、やがて指の間から片目だけを出して俺を見た。
「……アキト。やっぱり、アキトのご飯が一番だよ。あのテイスティ・キューブみたいに完璧じゃないかもしれないけど……なんだか、すごいんだよ。感じることがたくさんあって、すごい」
「ありがとう。そう言ってもらえると、作り甲斐がある」
深夜の共有スペースに、穏やかな沈黙が流れる。
「……さて。明日も早い、と言いたいところだが……お腹が空いたと言っていたな」
「えっ。あ、う、うん。でも、いいよ。もう遅いし」
「いいわけあるか。腹を空かせたまま仲間を寝かすのは、料理人の名折れだ。……そこに座ってろ。すぐに何か、『なんだかすごい』やつを作ってやる」
ミナの耳が、今日一番の勢いでピンと直立した。
「……本当!? 嬉しい! アキト、待ってるね!」
俺はソファから立ち上がり、静まり返ったキッチンへと向かった。
合成食をご馳走だと言う彼女に、これからももっと、多くのうまい飯を届けてやる必要がある。
まずは、この深夜の空腹を黙らせる最高の一皿からだ。
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書き溜めができてないので少し遅めとなってしまいました。
こういう交流はもっと速い予定だったんですが、ずるずるとこんなタイミングに。
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