第101話 『手作りポテトサラダ』
ゼニト・パルドアを出航して少し。マッコウクジラのキッチンには、どこか土の匂いを感じさせる蒸気が満ちていた。
俺は大きなボウルの中で、蒸し上がったばかりの岩根――じゃがいもモドキを木べらで力任せに押し潰していた。
「……アキト、なんだか凄く楽しそうだね?」
調理台の向かい側で、おぼつかない手つきでニンジンモドキを刻んでくれているミナが不思議そうにこちらを見ている。
「楽しい、か。……まあ、そうかもしれないな」
リアルの頃、ポテトサラダは「作るのが面倒な料理」の筆頭だった。芋を洗い、茹で、熱いうちに皮を剥いて、力を込めて潰す。その手間に見合うほどのご馳走かと言われれば、そうでもない。スーパーの惣菜コーナーで買ってきた方が手っ取り早いし、圧倒的に安い。芋を潰すレシピはどれもその筆頭だ。
だが、今の俺にとって、この「形ある食材を潰す」という作業そのものが、驚くほど心地いい。
岩根の繊維が崩れる感触が、即席のマッシャーを通じて掌に伝わってくる。以前の身体ならすぐに腕がだるくなっていたはずだが、今の俺のパワーは当時とは比較にならない。どれだけ固い芋が相手でも、俺の意思一つで簡単に滑らかなペーストへと変わっていく。とはいえ、食感を殺しすぎないよう、あえて粗く崩した程度の塊も混ぜておくのが俺のこだわりだ。
「ふかした芋を潰すなんて、普通ならただの重労働なんだけどな。今は、この確かな手応えが……自分がちゃんと『本物の食材』を扱っているっていう証拠に思える」
ゼニト・パルドアで久しぶりに口にした、あの完璧に形を整えられた汎用合成食。あれには調理の過程で生じる泥臭い手応えなど存在しないだろう。
俺はボウルの中に、薄切りにして水にさらしたタマネギモドキと、ミナが刻んでくれたニンジンモドキ、そして細かく切ってカリカリに焼いた自家製ベーコンを多めに、そして「万能調味油脂・マヨタイプ」――マヨネーズもどきを投入した。マヨタイプの風味はそのまま口にするのはちょい微妙だが、自家製ベーコンの力強い香りはそれを補って余りある。
「岩根の澱粉構造が完全に破壊され、脂質と水分が均一に混ざり合っています。マスター、この『ポテトサラダ』という料理は、食材の破壊と再構築のプロセスそのものですね」
傍らで見ていたルシアが、冷静な分析を口にする。
「破壊と再構築、か。確かにマッシュポテトはそれだけだとペースト食材と変わりないか」
しかし、ポテトサラダはちゃんと料理だ。具材を混ぜ合わせるたびに、岩根の熱が具材の香りを引き立て、キッチンに重厚な「家庭の匂い」が漂った。
「よし、完成だ。冷やして食べるのもいいが、まずは出来立ての温かいところをいこう」
皿に盛り付け、仕上げに黒胡椒をたっぷりと引いて『手作りポテトサラダ』の出来上がりだ。
「……んん! これ、凄い……! お芋の甘さが、お肉の脂を吸って凄く濃厚になってる! 潰してあるところが、口の中でとろけるみたい……」
「……潰した滑らかな部分と、ゴロッとした塊。二つの食感が、噛むたびに口の中で弾けてとても面白いですぅ。時々感じるニンジンやお肉の歯応えも良いアクセントになっていますぅ」
エマルガンドも、夢中でスプーンを動かしている。
俺も自分で作ったサラダを一口食べる。
温かな芋の質感が、喉を通るたびに俺の意識を「銀河の果て」から「土のある大地」へと引き戻してくれる気がした。
かつては面倒だと思っていた作業さえ、今は何よりの贅沢だ。身体に満ちる力と、目の前にある本物の食材。それらを自分の手で形を変え、仲間たちと分け合う。
「……うまいな」
俺はマッシャーの感触が残る掌を一度握りしめ、次なるゲートウェイへの航路を見据えた。
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