第10話 鍵付きカップラーメン
回収ドローンが戻ってきた。
ブリッジのカーゴモニターに、戦利品のリストが流れる。
機銃やリアクターの無事なものやそこそこマシな残骸、電子部品や金属スクラップはコンテナにまとめて放り込まれている。数は……まあ、結構な量だ。
『テイスティキューブ(ビーフ味)×43』 『テイスティキューブ(チキン味)×28』 『合成ラム×3』 『合成ジン×2』 『合成焼酎×4』
「……ゴミとスクラップの山だな」
「というか、酒はそこそこあるのか。そういやバフカクテルとかもあった気がするな。」
俺はリストを見てため息をついた。 綺麗に切り分けたおかげで、宙賊の武装やエンジン周りの部品はそれなりに回収できている。 これならジャンク屋に流せば小銭にはなるだろうが……俺が求めているのは「飯」だ。 やはり宙賊だ。食生活も荒んでいる。酒もおそらく最低品質のものだろう。 だが、リストの最後にある、一つのアイテムが俺の目を釘付けにした。
『保管ケース(生体認証ロック付き)× 1』
「……なんだこれ」
貴金属か? それとも違法なデータチップか?
俺は期待と不安を胸に、ドローンの格納庫へ走った。
そこには、無骨な金属ケースがあった。 宙賊船長の私物だろうか。俺はハッキングツールでロックをこじ開けた。 プシュッ、と空気が抜ける音と共に、蓋が開く。
中には、分厚い衝撃吸収材に包まれて、それらは鎮座していた。
『即席麺:銀河醤油味 × 3』
「……は?」
俺は目を疑った。
発泡スチロール製のカップ。ペリペリと剥がすタイプの紙の蓋。
そして、毒々しい色使いのパッケージに描かれた、箸で持ち上げられた縮れ麺の写真。
たった3つ。宝石のように大切にしまわれている。
「……あるじゃねぇか」
俺は震える手でそのうちの一つを手に取った。
「あるじゃねぇかよ!! なんで気づかなかったんだ俺は!」
思い返せば、食ったら死ぬ煮込みと直後におすすめされたごみの山のせいでゆっくり市場を見回らなかった。 俺の目が曇っていたのだ。「この世界にまともな飯はない」という色眼鏡が、このすばらしい人類の叡智を見落とさせていたのだ。
「ルシア! 湯だ! 熱湯を用意しろ!」
俺はカップを掲げて叫んだ。
だが、ルシアは冷ややかな視線を俺に向けたまま、首を横に振った。
「マスター。大変申し上げにくいのですが」
「なんだ、水がないとでも言うのか? タンクには売るほどあるぞ」
「水はあります。ですが、この船にキッチンはありません」
「……は?」
俺の思考が停止した。
「う、嘘だろ……?」
俺は膝から崩れ落ちそうになった。 キッチンがない? いや、待て。 確かにゲーム内には『インテリア用・ハウジング区画』というものがあった。 だだっ広い何もない部屋に、システムキッチンだの、バーカウンターだの、を設置して、自分好みの内装を作れる機能だ。
だが、俺は当時こう思ったのだ。 『そういうハウジングは、動物と森のゲームや、採掘と制作のあのゲームでやればいい』 だから俺は、ステータス補正があったり、ゲーム的な機能設備がある区画しか設置しなかった。
「この、馬鹿!!!」
過去の自分を殴りたい。
効率厨の末路がこれか。お湯一つ沸かせないハイテク宇宙船なんて、ただの鉄の棺桶じゃないか!
「そ、そうだ! シャワーだ! シャワー用の給湯器はあるだろ! そこから熱湯を出せ!」
「不可能です。館内の衛生設備は、火傷事故防止のため厳密に温度制限がかけられています。最高でも42度までしか上がりません」
「設定いじれよ!」
「ハードウェア側でのリミッターです。改造には専門の工事が必要です」
「くそっ……! じゃあレプリケーターだ! 万能生成機があるだろ! あれで熱湯を作れ!」
「不可能です。レプリケーターは登録されたレシピ以外の物質構造は生成できません。『熱湯』というレシピは登録データに存在しませんし、新規モデリングデータの追加には『物理インストーラー』の購入と読み込みが必要です」
八方塞がりだ。
目の前に、至高のジャンクフードがある。
水もある。
だが、それを調理するための「熱」がない。
俺は床に転がる戦利品の山を見た。
電子部品。金属スクラップ。小型リアクターの残骸。破損したレーザー機銃のバッテリー。
「……ないなら、作るしかねぇ」
俺の目に、光が宿った。 俺はサバイバルナイフと工具セットを手に取った。 スクラップの山から、何かの排気ダクトの一部だろう適当な金属容器何かの排気ダクトの一部を切り出し、ペンチで形を整える。 破損したレーザー機銃から高出力バッテリーを引き抜き、電子部品の束から加熱コイルに使えそうな伝導体を引っ張り出す。
「マスター? 何を……」
「電気ケトルをでっち上げるんだよ!」
俺は一心不乱に作業した。 不格好な装置が出来上がった。 バッテリーを直結し、コイルを金属容器に巻き付ける。 絶縁処理は甘いが、俺が触らなければいいだけの話だ。
水を注ぎ、スイッチ(直結)を入れる。
バチバチッ、と危ない音がしたが、すぐに容器の中の水が泡立ち始めた。
「……沸いた」
ボコボコと音を立てる湯。 俺は勝利の笑みを浮かべ、カップの蓋を半分まで剥がした。 中には、乾燥した麺と、粉末スープ、そして申し訳程度の乾燥具材が入っている。
「これだ……間違いなく均一な食感じゃない。中にペーストが詰まっていたらどうしようかと思ったぞ」
熱湯を注ぐ。
内側の線まで正確に。
蓋をして、待つこと3分。
長い。永遠のように長い3分間だ。
俺はコンソールに表示されたタイマーを凝視し続けた。
『……2分58秒、59秒、3分。完了です』
「開封!」
俺は蓋を剥がし取った。
その瞬間、ブリッジに爆発的な香りが広がった。
醤油の香ばしさ。化学調味料の暴力的な旨味。そして、揚げ麺特有のジャンクな油の匂い。 それは、上等なラーメン屋の洗練された香りではない。 深夜のコンビニの入り口付近や、大学の廊下、あるいは残業中のオフィスで誰かが啜っている時の、あの匂いだ。 理性を揺さぶり、空腹中枢を直接殴りつけてくる、魅惑の香り。
俺はカップを両手で包み込むように持ち上げた。
温かい。
手のひらに伝わるこの熱量こそが、食事の証だ。
「……いただきます」
箸はないので、フォークで麺を持ち上げる。
縮れた麺が、茶色いスープを纏って持ち上がる。湯気がふわりと顔にかかる。
粘土じゃない。一本一本が独立した、麺だ。
フーフー、と息を吹きかけ、啜る。
ズルルッ!
「――――ッ!!」
熱い。
スープの熱が、食道を通って胃袋に落ちていく。
カツ丼に欠けていた「温度」がここにある。
そして、麺。
粘土のような均一な弾力ではない。
表面はツルツルとしていて、噛めばプツリと切れる心地よい食感。
縮れた麺が唇を弾く感触。
ジャンクなスープの塩気が、麺の小麦(っぽい穀物)の甘みを引き立てる。
「……うめぇ……」
涙が滲んだ。
しみじみと美味い。
市民プールの帰りに食べたカップ麺のような、あるいは徹夜明けに食べたあの味のような、身体に染み入る美味さだ。
続けてスープを一口。
しょっぱい。体に悪い味がする。喉が渇く味だ。
だが、そのしょっぱさが、冷や汗と疲労で枯渇した体には最高のご馳走だ。
「……分析完了」
ルシアが冷ややかな声で告げる。
「塩分過多、脂質過多、炭水化物の塊。ビタミン類はほぼゼロ。……マスター、そんな不健康な固形物のどこが『うめぇ』のですか? テイスティキューブの方が栄養バランスは遥かに優れています」
「うるせぇ……このジャンクさと温かさと食ってる感じが食事には必要なんだよ」
俺は時間をかけて、最後の一本まで麺を啜り、スープも最後の一滴まで飲み干した。
カップの底に残った謎肉の欠片さえも愛おしい。
体中に、悪い油と塩分が染み渡っていくのを感じる。生き返るようだ。
「……ふぅ」
俺は空になったカップを置き、満足げに息を吐いた。
あと2つある。これは非常食として大事にとっておこう。
「さて、仕事に戻るか」
腹が満たされると、急に心に余裕が生まれた。
俺は操縦席に戻り、宙賊との戦闘で少しズレた航路を修正した。
目的地である『第3採掘コロニー』までは、あとわずかだ。
「……あー、喉乾いた」
俺はルシアに水を要求しながら、意気揚々とマッコウクジラを加速させた。
ちゃんとした飯!
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