第9話〜輝核〜
真っ暗闇に包まれた世界に、一筋の優しい光が降り注いでいる。
それは俺の身体を包みこんでいき、気分を和らげてくれる。
この光、そして安心感…それが今にも事切れてしまいそうな俺の意識を辛うじて繋いでくれた。
「暖かい…」
その光に包まれながら、俺はそう呟きながらそっと目を開けた。
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「良かった、目が覚めたんですね」
目に映ったのは、まるで天使のような微笑み。
この世で見たどんな笑顔よりも純粋で美しいと思った。
「そうか…俺、助かったのか…」
「はい、危ないところでしたけど」
その浮世離れした笑みを見て、最初は天国にでもいる気分だったが、しばらくしてようやく生きているのだと実感が湧いてくる。
それどころか身体中の傷が消えていることに気がつく。
「もしかして、あなたが直してくれたんですか?」
俺を介抱してくれた女性に問いかけると、彼女は少し照れくさそうに、
「介抱だなんて大げさですよ、私はただ出来ることをやっただけ。あなたが生きているのは一重にあなたが生きることを諦めずに懸命に戦ったからです」
そう、答えてくれた。
生きることを諦めずに…か。
確かに彼女が言う通り、俺はなんとか生き残るために精一杯足掻いた。
元の平和な世界では特に目的もなくただ毎日を過ごし、死にたいなどと口癖のように言っていたのにだ。
平和な世界では死にたくなり、過酷な世界では生きていたいなどと酷く矛盾した感情だと思うが、これは一重にこの世界で初めて本当の意味で、自分が死ぬという恐怖と向き合ったからだろう。
死ぬ間際になって初めて生への未練があることに気がついたんだ。
そして彼女はそんな俺の生への執着を真っ直ぐ肯定してくれた。
その言葉はそのまま、俺がこの異世界に存在して良いのだと肯定しているようにさえ聞こえ、俺を心から安心させてくれた。
「ありがとう…ございます」
本心から感謝を述べると、彼女はまた笑顔を向けてくれた。
「いいえ、とにかくあなたが無事で良かったです。ところで、あまり見慣れない服を着ているようですが、あなたはどちらからいらっしゃったのでしょうか?」
彼女の問いかけに俺は少し言葉を詰まらせる。
異世界から来た、などと言っても信じてもらえるとは思えない。
かと言って、適当な嘘を言おうにも具体的な地名1つ分からない以上、すぐに嘘がバレるだろう。
なら、仕方がないか…。
「信じてもらえないかもしれませんが、俺はここじゃない世界からやってきたんです」
悩んだ末に正直に伝えることにした。
同じ怪しまれるなら、下手に嘘をつかないほうが得策だと考えたからだ。
まぁ当然そんな話が信じられるはずないだろうが…
「…なるほど…ここではない世界、ですか」
以外なことに彼女は否定するでもなく、そう言って考え込むような仕草を見せる。
もっと真っ向からそんな出鱈目な話などあり得ないと否定されるだろうと思っていただけに、その反応は意外だった。
「…信じるんですか?」
「いえ、申し訳ないのですが、全面的に信じるわけではないですよ。ただ、あなたはこの世界の人間と言うには不可解な点があるので…」
「不可解な点、ですか?」
外見だけなら、俺と彼女の間に性別以外の大きな違いはないように見える。
俺は一体この世界の人間とどこが違うのだろうか。
「貴方は輝核、というものをご存知ですか?」
「輝核…そういえば俺に襲いかかってきた女が輝核がどうとか言っていた気がしますけど…」
「やはりご存知ないのですね」
「ええ、それ…一体なんなんですか?」
「輝核というのは、生物の中で心臓の次に重要なものですよ。魔力を生み出し制御する役割を担っている器官ですから」
「魔力を生み出す器官…」
「はい、あらゆる生物は生まれながらに輝核を有しています」
言いながら彼女は少し服を開けさせる。
少し焦りながらもそこに目をやると、彼女の胸の中心には光り輝く宝石のようなものが埋め込まれていた。
そしてそれは色こそ違えど女神様に渡された宝石と酷似していた。
「それが…輝核ですか?」
俺の問いかけに彼女は頷く。
「そうです、まれに自ら輝核を破棄する存在もいますが、それでも最初から輝核を持たない人間など聞いたことがありません」
「なるほど…だから俺がこの世界の人間ではないと言っても驚かなかったわけですか」
「いえ十分に驚きましたよ。ただ、そう考えると辻褄が合う部分も多かったので…ですが、もし貴方がこの世界の人間ではないのだとすると、このままただお別れするわけにはいかなくなっちゃいましたね」
深刻そうな顔でそう言う彼女に俺は思わず身構える。
「…異世界人なんて怪しい人間を生かしてはおけないってことですか?」
相手の真意を探るようにそう尋ねると、彼女はくすりと笑いながら答える。
「確かに貴方が危険な存在なのかについては確認する必要がありますね。ただそれよりも…この世界の知識に明るくない貴方をこんな危険な場所に放置するわけには行きませんから」
「え、それってどういう…?」
「着いてきてください、ひとまず安全な場所…私の国に貴方をお連れしますから」
そう言うと彼女は踵を返してスタスタと歩き始める。
付いて行くべきなのだろうか、一瞬迷ったがここにいてもまた危険な動物に襲われるだけだろう。
意を決して、俺は彼女のあとに続くことにした。




