第8話〜舞い降りし奇跡〜
俺を取り囲みジリジリとにじみ寄ってくる獣の群れ。
その気配から、同胞を殺されたことへの怒りや憎しみが俺に向けられているのが分かる。
コイツだけは絶対に殺す、俺があの女に向けたものと同じ…そんな殺意だ。
「あぁ、さすがに終わったなこりゃ…」
もし追加で現れたのが1,2匹なら、なんとか生き残ろうと足掻く気も起きただろう。
だが、この数では…もう諦めるしかない。
やがて一匹が俺の頭上に近づいてきて、こちらの顔をじっと見つめてきた。
まるでこれから殺す相手の顔を確認しているような素振りに俺は思わず笑ってしまう。
「はは…これから食う人間の顔をわざわざ見ようってか?悪趣味なもんだな…まぁ、せいぜい噛み締めろよ…」
精一杯の抵抗で憎まれ口を叩いてみるが、そんな声が獣に届くこともなく…獣は大きな口を開けて俺の喉元に食らいつこうとした。
はぁ、結局…2度目の人生も一瞬だったな。
全てを諦めて目を閉じたその時だった。
「よく頑張ったね、もう大丈夫だから」
どこからかそんな声が聞こえた。
もう死を覚悟したつもりだったのに、まだ俺は意地汚く生にしがみつきたいのか…
自分自身に呆れながらも、俺を貫くはずの牙がいつまでも襲ってこないことに違和感を感じ、ゆっくりと目を開ける。
そこにいたのは俺を食おうとする漆黒の獣…ではなかった。
獣はいつの間にか地面に伏しており、代わりに目に入ったのは闇夜に煌めく黄金色の長い髪。
まるでおとぎ話に出てくるような純白の甲冑を身に纏った女性が俺の前に立っていた。
彼女は俺の方を心配そうに見つめており、俺が目を開けると心から安堵したような顔をする。
「良かった…まだ意識があるんだね。少し待ってて、すぐ終わらせるから」
そう言うと彼女は白銀の剣をまっすぐに構え、獣の群れから俺を庇うように対峙する。
血のついた剣から、俺を襲おうとしていた一匹は彼女が斬ったのだと理解する。
そして魔物は同胞をまた1匹殺されたことへの怒りを彼女にぶつけようと一斉に襲いかかってくる。
俺達に覆いかぶさるように飛びかかってくる獣達、こんなのひとたまりもないじゃないか…
そう思ったのだが…
「大丈夫だよ」
彼女はにっこりと俺に微笑みかけた後で軽く剣を振るう。刹那…
飛びかかってきていた獣たちがまるで糸の切れたマリオネットのようにその場で次々と倒れていった。
10数匹の獣が何が起こったのかも分からぬうちに絶命している…
そのあまりの事態に残った獣たちはたじろぎ、表情が一瞬で怒りから恐怖へと変わっていく。
「まだやるつもり?」
彼女が残った魔物に問いかけると、魔物は蜘蛛の子を散らすように一斉に四方へと逃げていった。
たったの一振り…
俺が命をかけても6匹しか殺せなかった魔物の群れを、彼女はたった一振りで退けてみせたのだ。
次元が違う…その事実に驚愕するとともに俺は救われたという安心感に包まれ、今度こそ緊張の糸が切れる。
彼女が再び俺に微笑みかけているのを確認したことを最後に、そのまま意識を手放してしまった。
‐???Side‐
目の前に横たわる傷だらけの少年。
私が駆けつけるまでにクローウルフ達と戦っていたのだろう。
いや、それだけじゃない。
その傍らに横たわる女性は、これまでに50名以上の罪のない人を殺めたオーダーズの殺人鬼だったはず。
派手に争った形跡からも、彼はそんな危険人物とも戦ったのだろう。
「騎士団でもない純粋種が、あの殺人鬼に勝つなんて…それにクローウルフまで倒してる…この人は一体…」
突然現れた規格外の存在に私は注意深く彼を観察する。
「この人…輝核を持ってない。ってことはオーダーズなの?でも確かにさっき剣を振るってたよね…あれは一体…?」
ますます分からない。オーダーズ以外で輝核を持たない人間なんているはずないのに…
「はぁ…仕方ない。細かい話はこの人が起きてからじっくり聞くことにしようかな」
彼のことはまだ分からないが、少なくとも瀕死の重傷を負っている事は確かだ。
どんなに不思議な存在だったとしても、目の前で死にかけている人がいるなら、それを見過ごしてはおけない。
「待っていてね…今治癒あげるから」
私は彼の胸にそっと手を当てると、治癒の魔法を使って彼を治療していく。
治癒魔法はあまり得意じゃないけど、この傷なら私でもなんとか…。
懸命に魔力を込めて、治癒を続けていくと、少しずつ身体のあちこちについた傷が癒えていく。
「腕と足が千切れていなくて良かった…これなら私でも治せる」
クローウルフに噛まれたであろう、彼の両腕と足は見るも無残な姿ではあったが、かろうじて繋がっている状態だった。
そこにありったけの魔法を込める。
時間はかかったが、やがて傷はしっかりと塞がった。
そうしてそのまま治癒を続けることおよそ1時間…
気を失っていた少年は、苦しそうにうめき声を上げながらも、ゆっくりと目を開けた。




