第2話〜女神の微笑みと思惑と〜
遠くの方で声が聞こえる。
聞いたことがない…けれどとても優しい声だ。
その声に誘われるようにゆっくりと目を開けると、先ほどの優しい声が近くで聞こえた。
「あら、ようやくお目覚めですね」
声の方に顔を向けると、神々しさすら感じる真っ白な服に身を包んだ女の子が天使のような優しい笑みでこちらを見つめていた。
「え…あ、えっと…」
突然の出来事に言葉を失っていると、目の前の女の子が不意に俺の手を握ってくる。
「記憶が混濁されているのですね、突然の出来事ですから無理はありません」
「記憶が混濁って…一体何の話しですか?そもそもここはいったい…」
「ふふ、落ち着いて?まずは目を閉じて、あなたが最後に見た光景を思い出してください」
女の子の優しい声に諭されるように、俺は言われるがまま目を閉じて直前の出来事を思い出そうとする。
頭の中で鳴り響く警鐘…
身体が焼けるような痛み…
辺り一面に広がる真っ赤な血…
「そうだ、俺は確か突然誰かに刺されて…」
「そうです。不幸にもあなたは刺殺され、まさに今その生涯を終えてしまったのです」
諭すようにそう伝えてくる目の前の少女。
いきな突拍子もない話だと思ったが、彼女の目は真剣そのもので、不思議と俺はその事実をあっさりと受け入れることができた。
「なるほど、俺はあのまま死んだんですね。じゃあ…なんでまだ俺は意識があるんですか?もしかしてここは死後の世界ってやつ?」
「死んでしまった後に訪れる場所…という意味では間違ってはいませんけれど、あなたが想像している死後の世界とは少し違うかもしれませんね」
俺の問いかけに、少女は笑みを浮かべながら答える。
「どういう意味ですか?」
「ここは亡くなってしまった直後の、選ばれし魂だけが訪れる事ができる特別な場所なんです」
「特別な場所?」
「はい。選ばれた皆さまを別の世界にお連れするための場所…それがここの役割なんです」
「別の世界…それって俗に言う異世界ってやつですか?」
「異世界…ですか。確かにあなたから見ればそういう事になりますね」
まじか…
正直異世界転生というのは漫画やアニメの中だけの話だとばかり思っていた。
いや、輪廻転生という意味で言えば信じていなくもなかったが、まさかこんな形で死後の転生先を案内される事になろうとは…
「あの…もしかしてあなたはいわゆる女神様、というやつなんですか?」
「め、女神…?あはは、そんな高尚なものではないですよ。異世界に向かわれる方へのご説明と、その世界で必要な力をお渡しするのが私の仕事。水先案内人と捉えていただければ良いかと」
女神様と言われたことが気恥ずかしかったのか、彼女は少し照れたようにそう言いいながら、青いビー玉のようなものをこちらに差し出してきた。
「あの、これは?」
「あなたがこれから生きていくのは魔法という概念が存在する世界です。そしてこれは…魔法を持たないあなたがあの世界で生きていくための必須アイテムです」
「ま、魔法だって?」
「はい。まぁ細かいことは私の口から説明するよりも、実際にあちらの世界で見たほうが早いと思います。では、早速ですが転生の準備を始めますね」
そう言うと彼女は俺の前にスッと手をかざす。
すると俺の足元に光り輝く模様が描かれた円が浮かび上がった。
「は、え、これはいったい…?」
「これからあなたを魔法の世界へ導きます。危ないのでその魔法陣から出ないでくださいね」
「え、いやそんないきなり過ぎるだろ…!だってまだその世界について何も…!」
「安心してください。魔法が存在するということ以外は、あなたが元いた世界とそこまで大きな違いはありません。最初は戸惑うかもしれませんが、きっとすぐに慣れると思いますから」
「ちょ、ちょっと待ってくれって…!!」
次第に魔法陣の光が強くなっていき、直感的に発動が近いことを理解する。
あまりにも急で不親切な彼女の態度に文句がこぼれそうになるが、今はそんな事に時間を使っている暇はない。
今のうちに少しでも彼女から情報を引き出さなければならないのだ。
だと言うのに、あまりにも非現実的な状況に置かれたことへの焦りからか、頭がほとんど回ってくれない。
そんな俺の余裕のない様子をよそに、少女は淡々と事を運んでいく。
「さて、そろそろ出発のお時間ですね。最後に何か聞きたいことはありますか?」
彼女の問いかけに俺は必死に頭を回転させようとするが、やはり有益になりそうな質問は思いつかなかった。
代わりに口をついて出たのは
「ど、どうして俺なんですか?」
そんな聞いても仕方がないような陳腐な言葉だった。
「ふふ、だってそれは…」
少女が説明しようとした瞬間、魔法陣から一際大きな光が放たれる。
それは少女の言葉を遮るようにキィィンと甲高いを発しながら光をさらに強めていく。そして…
次の瞬間、俺はまるで最初からそこにいなかったかのように跡形もなく消すこととなった。
ー
ーー
ーーー
自分以外誰も居なくなった空間で、先程まで少年が居た場所を見つめながらポツリと呟く。
「それはあなたが死にたいと言っていたからですよ。だって可哀想じゃないですか、前世で自分を大切にしている方をあの世界に送るなんて」
慈悲の心を持ったまさに女神のような優しい笑みを浮かべながら、少女は1人そう言って嗤った。




