第8話 まっしーの楽しいパソコン教室
──ついにこの日が来た。
社内有志による、パソコン教室の第1回目。
「改めまして、情報システム担当の真嶋です。本日は……よろしくお願いします」
緊張気味に頭を下げると、三谷は椅子にちょこんと座って「よろしくお願いします……」と小声で返す。
一方、佐伯部長はというと──
「……なんで和室スタイルなんですか?」
「腰が弱くてな。あの椅子、わしの尾てい骨には刺さるんじゃ」
会議室の椅子の上に敷かれた、ふかふかのマイ座布団。
紙パックのお茶を手にくつろぐ姿は、もう完全に趣味の講座参加者だ。
開始3分でツッコミが入る教室って、どうなんだろう。
「えー……この教室では、パソコンスキルはもちろん、“楽しさ”とか“可能性とか”....いろんな感覚を持って帰ってもらえる時間にしたいと思っています!」
どこかで拍手が起こりかけたけど、止まった。たぶん三谷の手。惜しい。
「では早速、皆さんの“受講動機”をお聞きしたいな.....」
「……じゃあ、三谷さんから!」
「えっ、えっと……三谷です。受注課です。
パソコン……すごく苦手なんですけど、少しでも自信が持てたらなって……」
「はい、最高です。勇気を出してくれてありがとう」
佐伯部長がうんうんと頷きながら、お茶をすすった。
「製造部の佐伯です。わしを筆頭に、製造部のもんはどうもアナログ人間が多くてな。
自分ができんことを、若いもんに注意もできんし……勉強しようと思ってな」
そして、実技。
「さて──今日は“自己紹介ホームページ”を作ってもらいます!」
三谷「ほぇ……」
佐伯「ほう、それはまた……華やかじゃのう」
「いえ、内容は超シンプルです。これがサンプルファイルです」
<!DOCTYPE html>
<html>
<head><meta charset="UTF-8"><title>〇〇のページ</title></head>
<body>
<h1>こんにちは! わたしの名前は 〇〇 です。</h1>
<p>所属部署:〇〇部</p>
<p>趣味:〇〇</p>
</body>
</html>
モニターに映し出された画面を見て固まる2人。
三谷「……こんな.....できないです……」
佐伯「わしもじゃ。どこから手ぇつけてええか、さっぱりわからん」
そんなふたりに、俺は笑って答える。
「大丈夫です。皆さんにやってもらうのは──“書き換えるだけ”です」
「?」
「この“〇〇”って書いてあるところに、自分の名前や部署を入れて、保存してみてください。それだけで、ちゃんとWebページになります」
三谷がモニターを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「……そんな簡単なことで、ページになるんですか……?」
「なります。“作れた!”っていう感覚、けっこうクセになりますよ」
⸻
三谷が不安げにぽちぽち文字を打ち始める。
佐伯部長は「“趣味:猫の動画”にしとこうかのう」と楽しそうに呟いた。
保存して、ファイルをダブルクリック。
その瞬間──
「……出た……! 私の名前が、ページに……!」
モニターに表示されたのは《こんにちは! わたしの名前は 三谷薫 です。》
「おおっ! わしのも出とるぞ!」
「でしょ? 自分で打った文字が、“ちゃんと形になって”画面に現れる。」
三谷はモニターを見つめながら、小さく呟いた。
「……すごい。わたしにも、できた……」
⸻
「今日はお試しで文章だけ変えてもらいましたが、次からはそれぞれの意味を説明しながら、画像やリンクを入れて、自分だけのページを作ってもらいたいと思ってます」
そう言いながら、俺は“自分の作った”サンプルファイルを開いた。
開いて──固まった。
《まっしーの楽しいパソコン教室》
背景はピンク。クマとうさぎが飛び跳ね、ポップ体の文字に陽気なBGMまで流れている。
(おいおいおいおいおい……!?)
三谷「かわ……いい、ですね?」
佐伯「なんじゃこりゃ、女子力たっか!」
プロジェクターの下で、誰にも見えない“あいつ”がニヤニヤしていた。
「……ユウ、お前か」
「“楽しく”って言ったの、まっしーじゃん?」
──やれやれ。
けれど、教室には笑い声が広がっていた。
キーボードの音が、小さな成功をリズムのように刻んでいた。