表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

第5話 冴えない、という評価

 翌朝。

 社内の掲示板前に、小さな人だかりができていた。


「なにこれ、パソコン教室?」

「え、定時後に、わざわざ残って? ないわ〜〜」

「しかも“有志”って。残業もつかないんでしょ」


 経理の中堅女性、開発の若手女子社員──

 数人が、案内文を見ながら半笑いでひそひそ話している。


 俺が通りかかったのに気づくと、急に話題を切り替えた。


「……あ、あの書類ってもう回してたっけ?」

「うん、たぶん……行こっか」


 ぎこちない沈黙が流れる。


(まあ、想定内ではあるけど……)


 そんな時だった。


「おっはよー、まっしー」


 いつの間にか、掲示板の隅にユウがしゃがんでいた。制服の裾をつまんでクルクル回しながら、顔だけこちらを向けている。


「……お前も聞いてたか?」


「聞こえてたよー。ていうか、見えてたよー。冷たい視線、びしばし」


「……別にいいよ。目的はそっちじゃねーし」


「まあね。でも、人気ないの、まっしーにも原因あると思うよ?」


「……は?」


 ユウは立ち上がり、俺の横に並ぶ。

 横目で俺の髪を見て、肩をすくめた。


「ボサボサヘア、よれよれシャツ、冴えないオーラ全開。仕事はできるんだろうけど──見た目だけで“この先生ムリ”ってなる人、けっこういるよ?」


「……言うねえ」


「俺がまっしー知らなかったら、ちょっと怖いもん。“この人、怒ったらPC投げそう”って思う」


「そんな教師いるか」


「ま、人に与える影響ってそれだけ見た目も重要ってこと。顔とかじゃなくてさ、“近づきやすさ”とか、“頼りたくなる空気”とか。」


「まっしーのすごいとこ、ちゃんと見せてあげたいじゃん」


 言葉の最後は、少しだけ優しかった。



 ──その様子を、遠くからひとり見つめている視線があった。


 受注課のデスク。三谷薫がそっと顔を上げ、真嶋の背中を目で追っていた。

 彼が掲示板から去ったあと、誰もいない廊下に近づく。


 静かに、貼り紙を見上げる。


「……パソコン教室……」


 そう、小さく呟いた。



 その日の帰り道。

 掲示板の前の冷たい視線も、ユウの言葉も──ずっと頭の片隅に残っていた。


 信号待ちの交差点。

 風に揺れる自分の前髪が、やけに気になった。


 ボサボサの髪を指で梳く。

 スマホの画面をつけると、映ったのは少しくたびれたスーツと、眠たそうな目。


(……まあ、たしかに“冴えない”か)


 ポケットの中にあった、ずっと放置していた検索履歴。

 「美容院 駅近 メンズカット」。


 無意識のうちに、そのページをタップしていた。


「……空いてるじゃん」


 画面の「予約する」ボタンを、ほんの少しだけためらってから──押した。


(どうせ何も変わらないかもしれないけど──でも、今のままじゃもっと変われない気がした)



 その瞬間、背後でユウの声が聞こえた気がした。


「いいよ、まっしー」


 だけど、振り返っても誰もいなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ