第5話 冴えない、という評価
翌朝。
社内の掲示板前に、小さな人だかりができていた。
「なにこれ、パソコン教室?」
「え、定時後に、わざわざ残って? ないわ〜〜」
「しかも“有志”って。残業もつかないんでしょ」
経理の中堅女性、開発の若手女子社員──
数人が、案内文を見ながら半笑いでひそひそ話している。
俺が通りかかったのに気づくと、急に話題を切り替えた。
「……あ、あの書類ってもう回してたっけ?」
「うん、たぶん……行こっか」
ぎこちない沈黙が流れる。
(まあ、想定内ではあるけど……)
そんな時だった。
「おっはよー、まっしー」
いつの間にか、掲示板の隅にユウがしゃがんでいた。制服の裾をつまんでクルクル回しながら、顔だけこちらを向けている。
「……お前も聞いてたか?」
「聞こえてたよー。ていうか、見えてたよー。冷たい視線、びしばし」
「……別にいいよ。目的はそっちじゃねーし」
「まあね。でも、人気ないの、まっしーにも原因あると思うよ?」
「……は?」
ユウは立ち上がり、俺の横に並ぶ。
横目で俺の髪を見て、肩をすくめた。
「ボサボサヘア、よれよれシャツ、冴えないオーラ全開。仕事はできるんだろうけど──見た目だけで“この先生ムリ”ってなる人、けっこういるよ?」
「……言うねえ」
「俺がまっしー知らなかったら、ちょっと怖いもん。“この人、怒ったらPC投げそう”って思う」
「そんな教師いるか」
「ま、人に与える影響ってそれだけ見た目も重要ってこと。顔とかじゃなくてさ、“近づきやすさ”とか、“頼りたくなる空気”とか。」
「まっしーのすごいとこ、ちゃんと見せてあげたいじゃん」
言葉の最後は、少しだけ優しかった。
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──その様子を、遠くからひとり見つめている視線があった。
受注課のデスク。三谷薫がそっと顔を上げ、真嶋の背中を目で追っていた。
彼が掲示板から去ったあと、誰もいない廊下に近づく。
静かに、貼り紙を見上げる。
「……パソコン教室……」
そう、小さく呟いた。
⸻
その日の帰り道。
掲示板の前の冷たい視線も、ユウの言葉も──ずっと頭の片隅に残っていた。
信号待ちの交差点。
風に揺れる自分の前髪が、やけに気になった。
ボサボサの髪を指で梳く。
スマホの画面をつけると、映ったのは少しくたびれたスーツと、眠たそうな目。
(……まあ、たしかに“冴えない”か)
ポケットの中にあった、ずっと放置していた検索履歴。
「美容院 駅近 メンズカット」。
無意識のうちに、そのページをタップしていた。
「……空いてるじゃん」
画面の「予約する」ボタンを、ほんの少しだけためらってから──押した。
(どうせ何も変わらないかもしれないけど──でも、今のままじゃもっと変われない気がした)
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その瞬間、背後でユウの声が聞こえた気がした。
「いいよ、まっしー」
だけど、振り返っても誰もいなかった。