表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

第17話 灯のない夜に

 11月22日、土曜日。

 今日は、前々から予定されていた計画停電の日だ。


 俺は夕暮れの中、会社へと向かっていた。

 まだわずかに明るさの残る空の下、会社の玄関に着くと──誰かが立っていた。


「真嶋さん!」


 制服ではなく、私服姿の三谷が、息を弾ませている。


「土曜日なのに出勤されるって聞いて……差し入れ、持ってきました」


 そう言って差し出された、コンビニのビニール袋。

 中には、シュークリームと、俺がいつも飲んでるブラックコーヒー。


「えっ……! ありがとう」


「えへへ。コンビニのですけど、カスタードとクリーム入ってるやつ選びました」


 ふわっとはにかんだ笑顔。

 少し前まで、泣きそうな顔ばかりしていたあの子とは思えない。

 柔らかく笑って、まっすぐに俺の目を見てくる。

 ふわりと揺れるスカートのすそが、秋の風に静かに踊っていた。


「じゃ、頑張ってくださいね!」


 三谷は小さく手を振って、帰っていった。


 このためだけに、わざわざ電車に乗って来てくれたんだ。誰にも強制されてないのに。たった数分のために。


 笑っている三谷を見ていたら、あの日の俺の勇気も、無駄じゃなかったと思えた。


 三谷の変化が、まぶしくて。

 ただ、ただ、嬉しかった。



 ピッ。

 タイムカードを押し、仕事モードに切り替える。


 電力会社の停電は、夜中の11時から。

 それに間に合うよう、基幹システムのバックアップを早めに始める。

 複合機やパソコン、情報機器のコンセントを抜き、サーバの電源も、正しい手順でシャットダウン。

 復電まで待機し、それらを一通り元の状態に戻すまでが今日の俺の仕事だ。



 停電前作業がひと段落し、休憩室で、三谷にもらったシュークリームを頬張る。


 コンセントの確認でフロア中をまわったが、どこにもユウはいなかった。

 やっぱり、土日はどこか別の場所で過ごしてるのかもしれない。


 ──あの日。

 社長が出勤してきた、あの日以来。


 ユウは妙に元気がない。

 前みたいに、はしゃいで俺に声をかけてくることも減った。


 そう考えながら、手元のシュークリームを見つめる。

 三谷がくれたシュークリーム。

 俺のために選んでくれた気持ちが、たまらなく嬉しい。


 でも──


 甘いはずのシュークリームは、なぜだか、あまり味がしなかった。

 口に広がるはずの甘さが、どこかへ消えてしまったように。



 そして──停電の時刻。


 事務所一帯の電源が落ちる。

 フロアには、非常灯の淡い明かりと、自分の足音だけが残った。


 点検のために懐中電灯を手に、真っ暗な廊下を渡る。


 ──と。


 懐中電灯の先に、何かが映った。


 階段の踊り場。

 窓もないその空間に、ぽつんと小さな影が座っていた。


「……ユウ……!」


 思わず走って駆け寄る。


「お前……こんなとこで、何してんだよ」


「なにって。……いつも通り、会社(ここ)にいるだけだよ」


 ユウは、暗闇のなかで、静かに微笑んでいた。


「……お前。いっつも俺に色々言ってくるけどさ……」


 喉の奥が詰まり、うまく言葉が出ない。

 だけど、それでも、言わなきゃいけない気がした。


「なんで、自分のことは何も話さないんだよ」


「……なんで、こんなとこに、ひとりでいるんだよ」


 しばらく、沈黙が落ちた。


「前みたいに、俺ん家、来たらいいじゃんか。

 夜中にひとりぼっちで会社って……おかしいよ」


 非常灯の淡い光の中で、ユウはそっと目を伏せた。


「まっしーは、やさしいね」


 そして、ぽつりと──口を開いた。


「ねえ……まっしー。お願い、聞いてくれる?」


「……クリスマスツリーが、見たいんだ」


 その声は、空っぽの会社に、そっと落ちた。


「……ツリー?」


「うん。来月、クリスマスでしょ。

 ……会社に、飾ってほしいの。綺麗なツリー」


 声は震えていないのに、

 なぜか、胸の奥が痛いほど熱くなった。


「……なんで……?」


 ユウは答えなかった。

 ただ、少しだけ笑って、夜の闇に視線を向ける。


「見たいんだ。……まっしーと一緒に」


 ──その声が、表情が。

 なぜだか、今まででいちばん、遠くに感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ