第16話 この時期はいつも
季節は、十月。
山あいでは紅葉が色づき始めたらしいが、街中の木々はまだ緑が目立つ。
日差しだけは夏の名残のように強く、秋の気配と入り混じって、どこか落ち着かない空だった。
──あの日の、松野との会話がふいに脳裏をよぎる。
「実はさ、今、起業の準備してんだ。来年の春、本格的に東京で立ち上げる予定で──」
「よかったら、お前にも手伝ってほしい」
「まっしー、実力あるしさ。ITも強いし……なのに田舎で中小って、正直もったいないと思う」
「知り合いの大企業出身のやつ何人かにも声かけてて。まっしーには──絶対来てほしいんだよね。立ち上げメンバーとして」
「……返事は、1月中にもらえたら嬉しい。ゆっくり考えてみて」
──東京で、幼馴染とスタートアップを立ち上げる。
正直、かなり魅力的だった。
もう一度、やり直せるかもしれない。
俺は独身で、守るものも特にない。
いまなら──まだ、間に合う。
……だけど。
胸の奥に引っかかる何かがあって、すぐには頷けなかった。
それが何なのか、自分でもまだ分からない。
「おはようございます」
朝の挨拶を返しながら社内に入ると、どこか張り詰めたような、妙な緊張感が漂っていた。
──理由は、すぐにわかった。
社長が来ている。
普段は東京支店に常駐していて、本社には滅多に姿を見せない。
そんな人物がわざわざ出向いてきたとあれば、社内がざわつくのも無理はない。
すぐ近くで、誰かのひそひそ声が耳に入る。
「……社長、やっぱりこの時期になると来るね」
「お子さんの命日が、近いらしいよ」
その言葉に、胸の奥がじくじくと痛んだ。
(……不謹慎だろ)
噂の真偽は分からない。
けれど、それを口にする空気が──どうにもやるせなかった。
デスクに着くと、ユウがいつもの席で、小さく背中を丸めていた。
いつもの明るさを、どこかに置き忘れてきたように見えた。
「ユウ、どうした?」
思わず声をかけると、ユウはびくりと肩を震わせ──
ゆっくりと顔を上げた。
作り笑いのような、ぎこちない表情。
「……ううん。なんでもないよ」
そう言ってから、ユウはちらりと廊下に目をやり──
すぐに、そっと視線を伏せた。
「あっ、真嶋くん。ちょうどよかった」
廊下から声をかけてきたのは、設備保全課の中村主任だった。
「来月の土曜、この商業団地全体で計画停電があるんだって。電力設備まわりはうちの課で対応するけど……サーバーやネットワーク、君のとこも対応いるよね?」
「あ、はい。たぶんUPS(無停電電源)では持ちませんね。何時から何時までですか?」
「11月22日の土曜日、夜中の11時から翌3時まで。出勤できそう?」
「了解です。予定、確認しておきます」
中村主任が去ったあと、ふと考える。
──真夜中の会社。
ユウは、いつもどうしてるんだろう。
(まさか。会社になんて、いるわけないか)
何気なく、隣の席を振り返る。
けれど──そこに、ユウの姿はなかった。