第13話 まっしーはダメなの?
夕方、受注業務が落ち着いた時間を見計らって、会議室の一角にノートパソコンを持ち込み、三谷と2人で簡単な打ち合わせ──プチMTを開いた。
「……というわけで、今回のEDI取り込みの手順。どこに問題があったと思う?」
三谷は画面に映したEDI取り込みの画面を見つめ、腕を組んで考え込む。
「……うーん……バックアップから復元する時、間違えてたのは……。えっと、過去データのファイル名がわかりにくいから? あと、取り込み後の確認作業が甘かったから、ですか……?」
「なるほど。じゃあ、その確認作業、どうやったらもっと見やすくなると思う?」
俺は意識して、正解を言わないように問いかける。
三谷は眉を寄せて、唇を噛んだ。
しばらく沈黙が流れる。
「……たとえば、バックアップフォルダに移動するファイル名に日付を入れたり。今は更新日時で見るしかないので……。あと……」
顔を上げたその表情は、少しだけ自信を帯びていた。
「うん、それいい案だね。じゃあ、その仕組み、どんなふうに作れそうか、また一緒に考えてみようか」
「は、はいっ!」
以前の三谷よりもずっと前向きな声だった。
人は少しのきっかけで変われる。
そう思わせてくれる表情だった。
⸻
業務終了後、タイムカードを押したあとも、どうにも胸の奥が落ち着かなかった。
(……ユウ、今日どうしたんだ?)
そう考えるより早く、俺の足は自然に事務所内を歩いていた。
あいつがいそうな場所──備品室、給湯室、休憩スペース──をちらりと見回す。
「真嶋君、何してるの?」
後ろから、人事部の小田部長の声が飛んだ。
「えっ……いや、ちょっと……忘れ物を……」
「あやしいな〜。あんまり残ってると、残業代つけるよ?」
「は、はは……すぐ帰ります!」
早足で逃げるように従業員出入口へと向かう。
──見つからなかった。
妙な胸騒ぎだけが残った。
⸻
次の日。
モヤモヤしたまま出社すると、PCを立ち上げる間もなく、聞き慣れた声が背後から響いた。
「おはよう、まっしー!」
「はあああっ!?」
思わず変な声が出た。
その場にいた数人の社員が、怪訝な顔で俺を見る。
「あっ、いやっ、その、えっと!!」
すっと椅子に座って足をぶらぶらさせながら、ユウはいつもの調子で言う。
「トラブルで僕もちょっと疲れちゃって。たまにはオフがないとねぇ」
「……勝手にいなくなるなよ……来ないなら来ないって言ってくれれば……」
俺が小声でぼやくと、ユウはにんまり笑った。
「ふふーん。俺がいなくて寂しかったんだ、まっしー」
「べ、別に……そういうわけじゃ……」
「そういうわけじゃ、ねぇ?」
机の上で頬杖をつきながら、揺れる瞳で俺の顔を覗き込む。
(……まったく、こいつは)
⸻
その日の定時後。
俺は帰る支度をして、荷物をまとめていると、スマホに通知が1件入っていた。
《まっしー!久々!今度地元帰るんだけど、今度みんなで飲み行かね?》
──松野健二。
小学生からの幼馴染で、大学も同じだったやつだ。
今は大手メーカーに勤めて、同期の中でも出世コースを歩んでいると噂に聞いている。
(……松野、か……)
俺の足が止まった。
(……今の俺が、行っても……)
そんな思考が巡ったとき、隣にふわりと影が差した。
「行かないの?」
「うおっ──!」
「地元の友達でしょ? 行かないの?」
「……いや、なんか、今さらっていうか……向こうはきっと、バリバリやってるだろうし……」
「……まっしーはダメなの? まっしーはバリバリやってないの?」
ユウがふと、首を傾げながら、まっすぐな瞳で俺を見つめてきた。
一瞬、胸の奥にズキリと何かが刺さる。
「……そんなこと、ないけどさ……」
曖昧な言葉しか出てこなかった。
その曖昧さこそが、自分の本心を暴いている気がして──たまらなく情けなかった。
⸻
帰宅してシャワーを浴びたあと、ソファに沈み込む。
スマホはテーブルの上に伏せたままだ。
ユウの言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
目を閉じても、その声が消えてくれなかった。
俺はふと、ベッドに横になった。
天井のシミをぼんやりと眺めながら、胸の奥を小さな違和感がひっかいていく。
(……俺、本当は──どうしたいんだ?)
わからないまま、スマホに手を伸ばす。
画面の通知は、まだ未読のままだった。