第12話 三谷と始まる、新たな一歩
受注データの誤取込トラブルから数日がたった。
あの後、途中まで準備していたピッキングのやり直しとか──それはもう現場は色々大変だったみたいだが、今は物流も正常に動き、誤出荷は一件も発生しなかったことが確認された。
「いやあ〜真嶋君。今回はお手柄だったみたいだね」
人事部長の小田さんが、俺の書いた報告書を見ながら呟く。
「正直、今でもあの判断で良かったのかとか、いろいろ悩んでますが……」
「いいんだよ。森下課長も幹部会議で君のこと褒めてたよ?」
「えっ、森下課長が……?」
受注課の森下課長。パソコン教室に三谷さんを誘った一件で、俺のことはよく思っていないだろうに。
ありがたいことだが、内心は少しだけ苦い。
(──あれは、運が良かっただけだ)
根本的な問題は解決していない。
今回の誤受注は、EDIの運用に潜む小さなほころびが引き起こしたものだった。
----
「……というわけでですね」
会議室。
今回のトラブルへの臨時ミーティングが開かれた。
出席者は受注課の森下課長、物流部の玉屋部長、製造部の佐伯部長。
そして、俺と──なぜか隅の席にちょこんと座っている三谷の姿もあった。
(……あれ、三谷さん?)
少し意外だったが、すぐに理由はわかった。
「今回は物流現場の皆さんに迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。受注側の確認不足と、EDIの運用ルールに課題があったと認識しています。」
森下課長が頭を下げる。
「まぁまぁ、誤出荷ゼロで済んだのは不幸中の幸いじゃったよ。それに……なかなか鮮やかなリカバリーじゃったときいたぞ、真嶋君」
佐伯部長が、ニヤリと笑って俺に目をやる。
「いえ、まだまだ運用面では反省すべき点が多く……」
(部長、そんなに持ち上げないでください……)
玉屋部長も腕を組んだまま、うん、と頷いた。
「ウチもピッキングやり直しは大変だったが、止める判断が早かったのは助かった。ああいうとき、なかなか言い切れるもんじゃない」
思わず口の中が乾く。
森下課長が口を開いた。
「三谷さんを呼んだのは、真嶋さんにお願いがあって。三谷さんと一緒に今回の対策案を検討いただけますか?」
(えっ……俺と三谷さんで...?)
「三谷さん...。重複注文の件、気づいてくれて助かりました」
三谷が目を丸くしている。
「真嶋さんとパソコン教室だっけ、してるんでしょ。
効果あるのかもね」
三谷の顔がパッと明るくなる。
「はっはい……! 全力で考えます!!」
三谷の声に小さく笑いながら、俺も頷いた。
(まっしー!森下課長の心、動かすなんて、すごいじゃん!)
ユウの声が聞こえた気がした。
“気がした”だけだ。
(……あれ? そういえば、今日。ユウ……来てない……よな?)
今朝からずっと。
気づけば、いつもの場所に“あの声”はなかった。
(……珍しいな。まさか──)
胸の奥に、ざらりとした違和感が広がる。
女木島での、あのときの顔が脳裏にこびりついて離れない。
それでも──今は、目の前の仕事に集中するしかなかった。