戦争のはじまり
十年前。魔王軍は王国の肥沃な大地を求め軍事侵攻を開始。12の都市と国民を割譲して一時休戦となった。
今、再びその戦火は燃え上がろうとしていた。
この物語を理解いただくためには、複雑な両国の事情をご理解いただかねばならない。
グンダ帝国は元々魔王国の一部であり、その政権争いのゴタゴタのなかで独立国家として主権を宣言した国であった。
国土のほとんどは平たく、肥沃な黒土を含む農村地帯であり、魔王軍を支える食糧庫とまで言われた程であった。
つまり、魔王軍からすれば、もともと自分達の土地であったのに、勝手に独立してしまった。だから、その領土を奪い返すことは必然であり、言わば筋の通った話であるというのだ。
グンダ帝国は元々主要な食糧生産拠点であり、人類と陸続きで常に戦いに備えるため、特殊兵器である勇者の駐屯拠点でもあった。
グンダ帝国は、勇者を保有した状態で独立を宣言したために、ただの小国が、一時的にも世界第三位の軍事力を有することになったのは現実の奇妙なめぐり合わせによるものだろう。
ただ、勇者は不安定で、月単位で心のケアが必要となり、手放すことになるのだが、それでも強力な魔力を有する魔道具の生産拠点としても発展していたグンダは、いまだ魔王軍にとって魅力的な土地であり続けていた。
この物語は、順国際的組織のインタビューから始まる。魔王軍西方警備隊、副隊長のギルは質問に対してこう答えた。
「グンダ帝国に魔王軍が攻め入るだって? そんなことある筈がない。いったいどこからそんな話が出たのか」
魔王軍進撃のわずか一日前に行われたインタビューである。
彼はこのとき、まだ、作戦の内容を知らされていなかった。
この戦争は魔王とその側近によって計画された極秘作戦だったのだ。
黒い竜の一団が民家の屋根に腹を擦るようにして侵入を開始した。
オークを主体とした特別空挺旅団、魔王軍の虎の子は、これと言った反撃を受けることなく、飛行場を奪取した。
わずか1日で行われた電撃戦は壮絶なものであった。
家畜小屋に繋がれた翼竜が生きたまま焼かれ、建物は徹底的に破壊された。
それでも焼け残った翼竜達は滑走路の横に翼が当たるほど押し込められ、順番に首を切られて処分されていった。
「すごい光景ですね」空挺将校のハンザはまだ黒い煙の燻っている滑走路の上を歩きながらその様にのべた。
「敵からの抵抗がほとんどなかった。おかしい、油断するな」
「はい」
隊長が司令塔に目を向けると、ちょうど民間人が引きずり出されてきたところだった。
青いローブに身を包んだ杖つきは回復魔法の使い手である。当然、優先目標だった。
「やめてください!!家族がいるんです!お金ならあります!どうか命だけは!」
一列に並べられた民間人は一様に膝をつかされて目隠しをされた。
そこに一際大きな地響きと共に、巨体が顔を表した。
その目には光が点っておらず、腐り落ちた肉片が眼窟にへばりついているばかり、赤黒い骨で全身が構成された化物が、人間達を踏み潰して回った。ギャッという短い悲鳴が聞こえたまでである。
人間には対抗手段がなかった。わずかに駐屯していた兵士は真っ先に殺され、その生首を槍に突き刺されて滑走路の先に立ててあった。
物凄い虐殺で、空港は一面の血の海と成り果てていた。
さらに、魔王軍のなかには人肉を好んで食べる種族がおり、食糧を補給されずとも継戦能力を維持できるまでになっていた。
彼らが翼竜の飛行場を占拠したのは、魔王軍の誇るドラゴン部隊14竜をこの場所に降り立たせるためであった。
魔法通信にて既に魔王軍の基地を飛び立ったとの連絡が入る。
一つの竜に100名あまりの戦闘員、あるいは、亜人種等の混成部隊をのせたそれらは、いまゆっくりと首を傾けて滑走路に入ってきた。
もともといた翼竜の死骸を足で踏みつけてズシンズシンと着陸するので地上は地震のように揺れ動いた。
竜の腹にくくりつけた箱が開いて、無数の魔王軍兵士が飛び出してきた。
「第一分隊、左に展開!第二と第三は俺に続け!」
速報!民間人64名死亡!
人類からの組織的反抗は、まだない。