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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
結城の章

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濃師 其の三

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。

いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。


 心にあるのは希望。

 現代の知識を活用した知恵を用いて人を導く事の恐ろしさは、精神的不安となって結城を襲う。今を知らない不確かさが、間違いを引き起こすのではと。

 まるで答えだけ知っている解けない問題を目の当たりにしたようだった。


「今から話す事の審議(しんぎ)ができていません。だから、お二人の考えを聞かせて下さい」

「何か策があるのですかな?」


 小さく頷くと、結城は状況を説明しながら話だした。


「村長の話を元に推測すると、乾燥した大地が東南の風の(あお)りを受けて木々に火種を生んでしまうようです」

「うむ。それは先ほどの説明で儂にも理解することができたが‥‥手立ては?」

「この地の利にあります」


 結城は傍に落ちていた枝を手にとって雪に地形を描いていく。

西北に山々が連なり、東西に渡る大河の支源流。東から南は平原が広がり、森と林と草原が広がる。


「東南の風が吹く前の、草木に水分がある時期に野を焼き払うのです」

「何じゃと?!」

「何と‥‥逆に燃やせと?」

「それでは作物に飛び火してしまうではないか!」


 黄承彦は眉を(しか)めて反論したが、結城は首を横に振った。徐庶(じょしょ)は兵法の応用を論じた結城に驚きの目を向けている。


「ですから東南の風の前‥‥西北の風が吹いている時期に行うのです」

「だが、辺りが燃えてしまうと思うが」

「草木に水分があれば、ある程度燃えた後に火は自然に消えてしまいます。心配ならば、燃え移って欲しくない部分の土を少し掘り返して火止めすれば良いのです」

「東南の風が吹いて大火事になっても村の周りは、先に燃えた草木が障害になって被害を被らないと言う訳ですな?」


 徐庶(じょしょ)が上手く整理してくれるので、結城の思惑は黄承彦(こうしょうげん)に早く伝える事ができた。

 しかし、この突拍子もない提案は孔明を彷彿ほうふつさせるかのような智謀。


 この方法は現代でも行われている。

 オーストラリアのブッシュファイアと呼ばれる原住民による、山火事を防ぐための山火事(おこ)しがそれだ。

 原理を簡単に説明すると、草木の水分が残っている時期に帯状に火を放つ。

 燃えた地帯は灰になり‥‥火種となるものが無い。

それが自然の堤防となって、大火災を食い止め鎮火(ちんか)させた。


 これの応用は日本の焼畑農業でも、京都の大文字でも行われている。地形を知り、自然を熟知すれば回避できるものもあるのだ。


「それだけではありません。これには利点もあるんです」

「利点?大地を焼き払う事に利点なんぞあるのか?」

「燃え残った灰や炭は雪解けと共に畑に()いて、土地に馴染(なじ)ませ休ませると大地が次なる準備をするのです」

「そ‥‥それは、如何なる事ですかな?」


 徐庶の緊張した声が問い返す。

 無理もない‥‥土壌改善の原理を科学的に理解して行うなど、この時代ではありえない。


「作物は土からその実を育みます。肥やしをやらなければ畑は()せてしまうでしょう?」

「ふむ、確かにそうだが‥‥」

「作物の種類によって、その土壌から吸い取る栄養も違います。炭や灰を適度に()くとその後の畑の状態が良くなります」

「信じられぬが、そこまで説明できるのは確証があるからか‥‥のう、元直殿?」


 黄承彦(こうしょうげん)は驚きつつ徐庶(じょしょ)へ同意を求めた。しかし、徐庶(じょしょ)は黙ったまま動かない。


「灰や炭を混ぜてから数日間畑を寝かせた後、腐葉土(ふようど)を混ぜ合わせ、必要に応じて馬糞(ばふん)牛糞(ぎゅうふん)鶏糞(けいふん)を混ぜるのです」

「むむ?人糞(じんぷん)は使わぬと?」

「雑食の人糞は疫病を流行(はや)らす元凶になりますから、草食動物のみの肥やしに切り替えた方が良いかと」


 自身達から出る糞尿だからこそ、危険性など考えられていない時代。声を無くす黄承彦(こうしょうげん)の横で、徐庶(じょしょ)が嬉しそうな笑みを浮かべている。


「もっと細かく言うと、馬糞(ばふん)牛糞(ぎゅうふん)鶏糞(けいふん)の割合は作物とその土地によって違ってくるんです」

「そなたの言っている事は孔明並に奇抜(きばつ)()ぎて理解に苦しむぞ」


 (あき)れたように言いながら身震(みぶる)いすると、黄承彦(こうしょうげん)は屋内に入っていった。

 その背中が拒絶したものではなく、結城の覚醒(かくせい)を喜んでいるものであることも感じ取れる。


「あの‥‥」

「ユウ殿、()められたのです。しゅうと殿は今、孔明並に、と言われた」

「喜んでも良いのかな‥‥」

勿論(もちろん)ですぞ。しかしながら、腐葉土(ふようど)とは?」

「落葉を腐らせて土と混ぜ合わせたものです。葉の種類によっても違ってて‥‥」


 心なしか説明する声が弾んでいるのは嬉しさからだろう。そこまで話して、結城は当初の不安が消えていくのを感じた。


「私の案は元直(げんちょく)様達の言う理にかなっていますか?」

「素晴らしい知略ですぞ。他の国にも考え付く者は居ないでしょう」

「良かった‥‥これで、火熾(ひおこ)しの時期を見極めれば、この村は助かるのね‥‥」


 ホッと胸を撫で下ろす結城に徐庶(じょしょ)は付け加える。


「ユウ殿の知略を借りて言えば、その火熾(ひおこ)しを行った地にも、次の春には耕し易い土地になると言う訳ですな」

「ええ。農耕で一番大変なのは開墾(かいこん)だから、燃えた後の土地は比較的楽かもしれないですね」


 一石二鳥とはこのことだろう。

 徐庶(じょしょ)は孔明に書簡を送って、結城のこの地に対する処方を報告することにした。


ここまで読んで下さって、ありがとうございます。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

読んで頂けることが、執筆活動の励みになります。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。

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