濃師 其の一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。
初めて入ることを許された書斎。そこは長年、黄承彦が荊州の情報を分析したものが置かれている書簡の部屋だ。
「ユウよ、まずは荊州の地形から学べ」
「はい」
ユウの気持ちが吹っ切れたのを感じた黄承彦が、手解きを始めたのは数日前から。簡易的な地図を軸に掛け、徐庶が大まかな説明をしている。
黄承彦は庭にある池で釣り糸を垂らして、昼寝をしているのだが‥‥。彼に教えを乞うにも基本的な知識が全く無かった為、徐庶の補助が必要だった。
「荊州は本当に地形が理想的なのですね」
「中央に位置する此処は主要都市への交通の要。ユウ殿は吸収が早いですな」
「いえ、そんなことありません。元直様」
表面上の地形を覚えても実践では役に立たない。ここに季節という要素と、時代の気候という不確定要素が混在する限りは。
一年単位の気温や自然の変化。そして何百年何千年という生態系や気候の変化。
それらを汲み、大地を読み取る。
現代でも多く持ちいれられる土壌改善はそうした環境を把握することから始まるのだ。精密機械のないこの時代の武器。それは先人達の残した文献に他ならない。
家庭菜園で多くの者が経験する作物と土壌の因果反応。同じ土壌で毎年作物を作る事の難しさ。土壌に合った作物の選出。
それらは冬の終わりと共に、種まき前の準備期間で決定しなければならない。
勿論、作物によっては時期が違う。何よりも同種の種を時期をずらして蒔く技術や 天気に左右されないための秘策を講じなくては一年を食いつなげない。
「農業の奥深さは、気候と風土に関係してるから私は触れる事から始めないと‥‥」
「触れるとは、現地に赴いて見ると?」
「文献を読んでも、実際の目で見たものとは若干違うと思うから」
「成程。ユウ殿は実践から学ぶ形が身につくようですな」
微笑む徐庶と結城。その時、渡り廊下を歩いて黄承彦が部屋に入ってきた。
「ようやく結論を出しおったか」
「はい。黄殿、私にご教授下さい」
「お前はあの婿と違う。あやつならばここの書簡を見ただけで大方の予測はつくじゃろうが‥‥」
「開拓度合いと土壌を見てみないと」
「うむ。それらしい事を言うようになったのぉ」
付いてくる様に言われ、外に出ると孔明の妹が馬を用意していた。雪の残る道を馬に揺られて降りてゆく。
黄承彦の元で学んだのは土地の事だけでは無かった。乗馬も移動にとっては必要不可欠で、徐庶に歩く程度までは手解きされていた。
何はともあれ、降り積もった雪が結城の落馬を安全なものに変えたのはいうまでも無く。
「この下に流れる川がこの土地を支えておる」
「黄殿、農民に話を聞いても良いですか?」
「好きにするがいい。この辺りは趙将軍が施しをして、皆劉軍に好意をもっておるからの」
黄承彦から飛び出した孔明の知略の片鱗。
こんなにも離れた場所で、彼の智謀を垣間見‥‥その恩恵に与っているという安堵感と感謝。
根拠は無かったが、孔明は見守ってくれているのだと、自分を信じて濃師に推挙した気持ちに応え様と決心した。
村のあちこちで湯気が上がり、この村の蓄えが豊富なのだと思わせる。
一際大きい民家の門に佇み、訪問の挨拶を行う。中から出てきたのは、長老と思しき白髪の老人。
「突然の来訪、申し訳ございません。私は劉軍の濃師、ユウと申します」
「おお!貴方様があの趙将軍が言っておった‥‥どうぞお入り下さい」
声色が明るく変わり、中へ誘われる。結城と徐庶はそれに続き、黄承彦も少し離れてそれに従った。
農民との会話から生まれる何か‥‥それが劉軍の今後を左右する。濃師としての第一歩であった。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
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誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




