天地の嘆き 其の十二
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。
「此処に来て何日経つ」
「黄殿?」
しゃがみ込んでいた結城の後ろから、掠れた男の声がした。慌てて振り返れば、それはここ数日問答を繰り返す孔明の舅のもの。
「‥‥十日になります」
搾り出すように答えた結城に、黄承彦は無言で睨みすえる。その瞳は、鋭く怒りに満ちたもの。
― やっぱり嫌われているのかな‥‥ ―
怯えながらも後退りする結城に、彼は眉を吊り上げて叫んだ。
「大事と小事の違いも判らんのか?!あの男はよくも此処へよこしたものだ!」
あの男とは孔明のことで、自身の態度が舅を怒らせていることは明白。しかし、舅が何に対して怒っているのか結城は気が付かない。
ただ彼の怒りが静まるのを祈るばかり。
「孔明は思慮深い男であったと思ったが、目算違いもいいところ」
「‥‥」
何故そんな酷いことをいうのかと、喉を突いて出そうになる言葉を留める。仮にも彼は孔明の舅なのだから。
「儂が腹を立てているのを個人的な感情で受け取っているうちは、何も教える気にはならん」
十日前に徐庶と訪れ、彼が書斎から出てきたのは一日後のことだった。孔明の妻月英と会った後だったために、複雑な心境で対面したのだが。
この舅は、結城を見るなり大きな溜息をついて出て行った。これには徐庶も結城も驚くばかりで、彼の後を追うのだが‥‥。
険しい表情で、後日会うまでに良く考えられよと一喝して出かけてしまった。
それから二日後に戻ってきたが、今度は結城の顔を見るなり出て行くという‥‥訳のわからぬ行動。
その後も孔明の妹が取り成すのだが、彼の態度は変わることなく厳しい。
八日が経ち心が萎え始め理不尽な怒りが湧き起こって来た頃に、痛烈な一言をもらってしまったのだ。
『あの父を怒らせるとは、ユウ殿は本当に孔明様の思惑を考えられておられますの?』
複雑な心境に立たされた状態でそんな言葉を月英からもらえば、崩れるのは時間の問題であった。
自身を醜女と言い、決して目の前には現れぬ奥方。
それでも、人目を気にしながらも諭そうとしてくれる彼女に、結城はすまないと涙した。
「大丈夫ですかな‥‥ユウ殿」
「また‥‥怒らせて‥‥っ‥‥」
既に居なくなってしまった舅の残像を見つめ、結城は泣き崩れた。
何よりも孔明の心に報いることができない自分がもどかしいのだ。徐庶は長期戦になるだろうと予感した。
孔明の考える智謀には、人間関係の糸が複雑に絡み合っていると。その時だった、二人の傍に気配を感じたのは。
「ユウ殿、ここには何をしにいらしたのですか?」
「奥様‥‥」
「貴女の心は私に傷つき、目は父を怖がっています。それでは到底、孔明様の横に並ぶことなど‥‥」
他の誰が許したとしても自分は認めませんと、月英は声を鋭くして言い放った。
ちらちらと粉雪が舞い始め、寒さを際立たせる。木陰に気配はあるものの、出てくる様子はない。
「貴女ばかりが傷ついていると思われたのですか?」
「‥‥」
「舅として怒っている訳でもないのに、貴女は勝手に思い違いをして父を見間違えたのです」
「‥‥あ‥‥‥‥」
結城はハッとして口を押さえた。
「濃師として荊州を知りに来た‥‥なのに、貴女はご自分の気持ちからくる尺度で父を愚弄したのですわ。」
「そ‥‥そんなつも‥‥」
つもりが無くとも、やってしまった事には代わりが無い。結城は敢えて言葉を飲み込んだ。
「父は心の自由な方。私とは‥‥違います」
苦しそうに伝えると、その気配は離れていった。
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