天地の嘆き 其の九
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。
「人身御供になれというのか‥‥この私に!」
悔しそうな声が湖畔に響く。周瑜と陸遜が持ちかけた劉備との縁談の話は、大きな余波を生む。
「ユウ‥‥そなたのように、異国の地で身を立てることが叶うのだろうか?」
城の中で安穏と暮らしてきた自身が、何の後ろ盾も無い他国で孤独に耐えられるかと。縁談とは言え、それは名目であって人質のようなものなのだ。
呉に武がある今、劉備に嫁ぐ理由が見当たらない。
「‥‥周りは敵ばかり‥‥」
小さな枯葉を取り、水面に浮かべる。風に吹かれて彷徨う様に、孫姫は涙を流した。
今思い出しても孔明と徐庶の冷めた視線のやり取りが、恐怖心を煽っている。劉備の奥方になったとしても、彼らが心を開くわけではない。
敵対視されるのは当たり前だろう。受け入れられる筈が無いのだ。
「尚香、この縁談は貴女の為になりません」
「母上?!」
優しく包み込むような声の主‥‥孫姫の母親が宮殿から姿を現した。たおやかに見える女性だが、その声にも態度にも威厳と他を寄せ付けぬ風格が漂う。
「この度の話、公瑾と伯言の策略が裏で動いている様子。我が子に茨の道を歩ませる母と思いますか?」
「‥‥でも、私が行けば‥‥」
「貴女が望んで行くのなら止めはしませんが、今の貴女ではこの母が許しません」
呉の為に嫁ぐ。
生まれた時から定められたものだと諦めていた孫姫。だが今自分の母が言った言葉は正反対のもの。
「女一人に国の命運を託すような戦況ならば、潔く負けを認めたらよろしい」
「母上‥‥?」
「確かに戦に出るのは殿方。女は守られている。戦略と言われては役に立つ事を考えるのが当然でしょう‥‥」
孫姫は苦しそうに胸のうちを話す母を見つめた。何が正しいのか判らなくなっていたが、母には答えが判っているように思えたからだ。
「尚香、確かに殿方は国の為に素晴らしき力を出される。しかし‥‥」
戦を起こすのも彼らの心一つなのだと、皇太后は悲しげに語った。世の中には不条理なことも沢山あるのだと。何が良くて何が悪いのか。
「自身で見極めなさい」
「私の敵は何も旗の違いだけではなかったのですね‥‥母上‥‥ありがとう」
涙ぐみながら船上で垣間見た劉備を思い出す。凛とした顔に誠実さを漂わせた眼。
相手を立てることも、思いやる心もあるのだろうと。孔明と結城を迎えに来た時点で、配下思いな人柄が伺える。
「母上、私はお会いしようと思う」
「そうですか」
「会って決める。どのような殿方か自身で見定めて決める!」
決意したように言い切る娘に、一抹の不安を隠せない母。
「では、貴女が会う前に母として、玄徳殿に会いましょう」
「母上、ありがとう」
目尻の涙を拭い、孫姫は青空を仰ぎ見た。
時も人も移り行く。
川の流れ、雲が流れるように‥‥
だからこそ尊く、導の無い道のようなもの。
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