天地の嘆き 其の二
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。
「ほほぅ‥‥ここまで軍を進めているとは」
仲達は小高い山から眼下を見て嗤う。その様子に曹純が馬にマントをかけ、後ろに控えていた虎豹騎が習いだす。
「‥‥仲達、これを使えば良いわ」
一連の動作を見取っていた柚が自分の肩布を外して馬にかけた。仲達のマントも虎豹騎の旗も柚が寒さよけに借りてしまっている。
その動作が『当たり前』のような仕草だったため、仲達は無言で柚を見つめた。
「随分と物分りが良くなられたものだ」
「馬は繊細な生き物だもの。嘶きをさせないためには怯える要素を断ち切れば良いだけでしょ」
「何と、ご寵姫は馬の事をご存知であられたか?!」
「子和、恐怖心をなくすには視界を遮るのが一番なのよ。不安を感じるのは人ぐらいなものだわ」
自分の国にも馬はいるし、賭け事の対象にもなっているのだと笑う。
「‥‥」
「どうしたの二人共?」
今迄多くを語らず、人を遠ざけていた柚。しかし今の彼女は別人のように饒舌だ。
「私の態度が豹変したと、驚いているのね」
可笑しそうに尋ねる柚に向かって、曹純が視線を逸らす。如何にも気まずそうに。
「確かに此度の戦は貴女に変化をもたらしたが、それだけではないと子和殿はお考えなのだ」
「‥‥そうね。もう‥‥お互いの立場が出来上がってしまったから、吹っ切れたのよ」
平然として語るその目には迷いが無い。
― 全てをあの男に賭けると決心したか‥‥―
仲達は柚の目覚めに苦笑いを浮かべた。結城の逃避行を見れば柚の力量も測れる。
それが故に、曹操にとって大きな役回りを担うことになるだろうと推測もつく。
柚が彼の実子の曹丕や曹植に振り回されることもないと。また、自身の子を家督争いに参加させる非情さもないことを見抜いていた。
― こちらにやる気がなくとも‥‥女は兎角、姦しい ―
「すごい包囲網ね‥‥あれは呉軍の旗‥‥」
「これで、劉軍が攻めてきては‥‥我が軍は‥‥」
「子和、孔明は軍を進めないわ。呉軍が包囲している限りはね」
意味深な言葉に仲達は眉を寄せ、曹純に至っては驚きの眼差しを向けている。何故そう思うのかと、仲達は声を低くした。
「ユウが私を助けようとして、孔明が呉の都督と約束を交したのよ」
「それは真でございますか?!」
「子和、その場には玄徳公や魯子敬殿も立会人として居たわ。用意周到なくらいにね」
孔明を非難するような口調で告げる。柚の感情が入っているのは確かだったが、仲達は黙ったまま馬を進ませた。
目の前の城を迂回し、曹操が陣取っているであろう江陵の城へ向かったのだ。
「仲達殿、この場をお見捨てになるのですか?!」
曹純が信じられないといった感じで声を張り上げた。だが、それには答えようとせずに、仲達は獣道を降りていく。
「子和、残るのは良いけど、貴方に呉の旗を燃やすことができて?」
「‥‥」
同胞の命運を見捨てる結果に歯噛みしながらも、曹純は後に従った。彼も判っていた‥‥。
敗走した将が立てこもった城など、士気も乱れて統率どころではない。行けば討ち死になることも。
しかし、その城を任され赤壁の戦いに参戦していない兵もいるのだ。
「赤壁の大敗は守備側にも余波を出しているわ‥‥彼らは敵の陽動作戦に乗せられて敗走するだけよ」
「な‥‥なんと‥‥」
冷静さを失った将達だけではどうすることもできない。周瑜が相手では役不足なのだと。
淡々と語る柚の言葉に曹純はただ馬を走らせた。
今は動かぬ龍の息吹を感じながら‥‥
仲達の思惑も天を睨んだ孤高の輝きだった。
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