天地の嘆き 其の一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。
結城は大天幕を出て、目の前に広がる草原を眺めた。景色は穏やかな風景なのに、泣き叫びたい気持ちになってくる。
「‥‥殿、如何した?」
「‥‥子龍将軍‥‥何も」
今にも泣き出しそうな結城を見て、趙雲は先ほどの天幕での言葉を思い出した。何でもないと結城が否定すればするほど、辛そうに見えてしまうのは仕方が無いこと。
「野駆けに行かぬか?」
「えっ‥‥子龍将軍?!」
趙雲は結城を抱き上げると馬の背に乗せて歩き出す。その姿を天幕から出てきた孔明と徐庶が見つめる。
「どこへ行かれるのですか?!」
「何、傍の川まで行くだけ。少しは生き抜きも必要でござろう?」
そう言うと馬の尻に鞭を当てて走り出す。
結城を抱きかかえるようにしながら、馬を走らせる彼は遠くを見つめて何も言わない。それがかえって有難かった。
どうにもならない気持ちが空回りしているのは確かで‥‥それでも好きなのだと。
自分の気持ちに気が付いてしまったのは、結城にとって不幸なことだった。知らずにいれば、敬愛で終わっただろう。
少し馬を走らせてやってきたのは大河の支流にあたる、名も無き川。
趙雲は結城を下ろすと馬に水をやりながら、傍に落ちている藁を集めてそれで馬の背を擦りだす。
「‥‥子龍将軍、何を‥‥しているのですか?」
「馬を洗っているのでござる」
よく見れば、藁を水に浸けて擦っている。今で言うタワシのような感じだ。馬はとても気持ちよさそうにしていて‥‥
「私がやっても平気でしょうか?」
「衣が濡れてしまうが‥‥」
心配する趙雲に大丈夫と頷く。
木陰で上着を脱ぎ 羽扇をその上に置くと彼の前に現れた。
「何と、上着を脱がれたのか?!しかも裾を上げられて‥‥玄徳様が見たら驚かれるだろうに」
「だって、馬を洗いたいし‥‥ダメですか?」
「しかし‥‥」
「気分転換に、っておしゃったのは子龍将軍ですよ?」
「参ったな‥‥では、馬の後ろには回らないと約束してくだされ」
馬は敏感な生き物で、不慣れな者が後ろに立つと蹴られる恐れがあるのだと説明する。結城は藁を拾って馬の首を洗った。
ブルルルッ ヒヒ―――ンッ!
気持ちよさそうにしている馬は結城に顔を摺り寄せる。こうしていると、先ほどの事が夢のように思えて‥‥心が楽になってくる。
ドンッ!
「あっ!」
バシャン!
馬の反対側で大きな水音が聞こえる。
「ユウ殿?!」
「あはは‥‥やられた」
馬に突き飛ばされ、結城は川に尻餅をついた。豪快に転んだせいで、びしょ濡れになりながら笑う。
そして、笑いながら泣いた。
涙は滴と一緒に落ちていく。趙雲は無言でマントを取りに行き、傍の木にかけた。
「この辺りは冬でも温かいが水は冷たい。内着を脱がれて上着の上からこのマントを羽織られよ」
「‥‥ありがとう‥‥」
俯いて川から出ると、上着のある所まで歩いていく。
ふと気が付けば 彼がかけたマントがカーテンのように結城の姿を隠す。
― まさか?! ―
慌てて彼を見たが‥‥気にした素振りも無く、結城に背を向けて馬を洗っている。これが彼の配慮なのかは判らない。しかし、今は有難い温かさ。
無意識に頬を伝う雫が、心を締め付けた。濡れた内衣を脱ぎ、上着を羽織ってマントを肩からかける。
頃合を見計らって、趙雲が馬を引いてきた。衣を槍の先に引っ掛けて馬上から結城に手を差し出す。
優しい紳士な態度に、彼の顔をじっと見つめてしまう。
「拙者‥‥玄徳様の下に来るまで様々な国を見た。」
「‥‥」
「ユウ殿は、あの長安の畔に咲いた花を思い出させる‥‥」
「‥‥男子の私が‥‥花ですか?」
「これは失礼を申した。許されよ」
申し訳なさそうに詫びる彼は、ただ外見ではなく直向さが似ているのだと付け加える。照れ隠しか、馬の腹を蹴ると趙雲は陣営へ急いで帰った。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




