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天命 其の十

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。

いつしか芽生えた孔明への淡い気持ちは、現代との違いによって苦しむ恋になった。

 孔明をはじめとする軍師参謀と将軍たちが立ち並ぶ中、趙雲(ちょううん)の後に続いて結城が大天幕の中に入った。

 中央に座する劉備(りゅうび)を見つめ、その場に平伏(へいふく)して言葉を待つ。心許なさが体を震わせたが、覚られまいと結城は袖をきつく握り締めた。


「良く来てくれた。いや、先ずは大任‥‥大儀であった」

「勿体無いお言葉‥‥」


 地面にひれ伏して言葉を受け取る結城に劉備(りゅうび)は瞳を揺らす。

 これから目の前の娘に過酷な運命を与えねば、ここに集う者達や自分の夢に近づけぬのかと。懺悔(ざんげ)にも似た気持ちと愛娘に向ける愛情が出てきたその時。


「では、ユウ殿、玄徳(げんとく)様と孔明軍師の前に」


 穏やかな徐庶(じょしょ)の声が玄徳(げんとく)を現実に引き戻す。結城がゆっくり前に進み、劉備(りゅうび)と孔明を見上げた。小柄な体が一際小さく見えて。

 劉備(りゅうび)は反射的に立ち上がると結城の体を包み込むように抱きしめていた。


「玄徳様?!」


 驚いた徐庶(じょしょ)が孔明を見た。

 羽扇で口元を隠しているとはいえ、薄く眉間に皺を寄せて怪訝(けげん)そうに口を閉ざしている。


― まさか玄徳(げんとく)様はユウ殿を所望されるわけでは無いだろうが、公儀の場でこのように振舞われては‥‥ ―


 玄徳(げんとく)の顔色を見るために徐庶は前に進んだ。主が何を思っているかを汲み取るために。

 当の結城と言えば、あまりのことに言葉を出せずそのままでいる。


「大儀など‥‥関係ないのだ。我が子と思っているユウが命をかけて帰ってきてくれた」

「‥‥玄徳(げんとく)様‥‥」

「よくぞ無事で‥‥」


玄徳(げんとく)様が泣いている‥‥私を子供のように思って下さって‥‥温かい‥‥安心できる‥‥温もり‥‥ ―


「孔明、元直、礼を言う」


 その言葉に孔明と徐庶(じょしょ)は深く頭を下げた。

 結城は温もりの心地よさに体を預けきっている。親子の情のような繋がりが二人の間にあるのだと、その場にいた者たちは解した。

 徐庶は孔明に視線を送る。


― これでも君はユウ殿に濃師(のうし)をやらせるというのか? ―


「‥‥玄徳(げんとく)様。やはりユウ殿には戦から離れて頂いた方が良いかと」

徐庶(じょしょ)、私もそう思っていた」


 徐庶(じょしょ)は最後の好機とばかりに、劉備(りゅうび)の心を汲み取った発言をした。同意した劉備の後姿を見つめる孔明の瞳が揺れる。

 小さく、聞き取れないような溜息をつきながら、次の算段を考える彼の羽扇が風にそよぐ。


― 孔明様‥‥私‥‥やっぱり、どんな形でも孔明様の傍に‥‥ ―


玄徳(げんとく)様、ありがとうございます。でも、私はもっと学ばなくてはなりません」

「ユウ‥‥それは本心か?それが幸せだと言うのか?」

「はい。今まで生きる術を知らなかった私は、孔明様や元直(げんちょく)様、多くの方々に学び‥‥知る事ができました」

「‥‥しかし‥‥」

「だから、今私にできる事をしたいのです。子供のように思って下さるお気持ちに、甘えさせて頂けるのならば‥‥」


 今迄通りにして欲しいのだと、結城は切に訴えた。劉備の好意を受け取れば、濃師就任は免れる。

 だがしかし、それでは孔明の気持ちは離れていってしまうのではないか?その恐怖心の方が、濃師の重責よりも上回った。


― この想いが届かなくても、傍にいるだけでいいの ―


「私の幸せはここにあります。軍師参謀の皆様の処で今迄以上に学ばせて下さい」


 決定的な言葉に徐庶(じょしょ)は嘆いた。


― 何とした事か。孔明、君はユウ殿の心にこれほど深く‥‥ ―


「玄徳様、ユウ殿のお覚悟は固いようです。この上は、諸外国から守る為にも内政面に携わってもらっては如何でしょうか」

「徐庶、では予てからの件をユウに」

「畏まりました」


劉備の声に文官が塗りに乗せた物を運んでくる。

もう一人の文官が上にかけられた布を取ると‥‥


「羽扇‥‥?」

「そなたの幸せを考えて、これを渡すのを躊躇(ためら)ったが‥‥ユウの意志は関羽や張飛並に屈強(くっきょう)のようだ」


 そこまで言うと劉備は諸侯を前にして毅然(きぜん)と言い放つ。


「今は根無し草のこの身、だがこの荊州を足がかりに私の理想とする国を作ってゆこうと思っている」


 劉備(りゅうび)の言っている事は深刻な軍の悩みだった。

 有能な武将に恵まれていながら、孔明が彼の元に軍師として来るまで気の遠くなるような苦労を重ねてきたのだ。

 その彼が荊州(けいしゅう)を望み、(しょく)を熱望するのは当然のこと。


「皆も知っての通り、孔明が赤壁で我等に勝利をもたらしてくれた。そして、この荊州簒奪(けいしゅうさんだつ)の策も心配ないという」

「おお‥‥」

「さすが、軍師殿!」


どよめきと感嘆が飛び交う中、声は続く。


「ユウの国は争いの無い治世の国だと聞いた。そこで生まれ学んだ知恵を役立ててもらえまいか?」

「知恵‥‥」

玄徳(げんとく)様は(しゅう)都督(ととく)の食料調達の件と、羽扇だけで孔明殿の考えを見抜いて()から戻ってきた事を言っているのです」

「元直様‥‥あれは‥‥私の知恵などでは、ただ単に知識として知っていたことを応用しただけで‥‥」

濃師(のうし)となって、その知識を役立ててくれまいか?」


 劉備(りゅうび)は文官が差し出した塗りから羽扇を取り、結城に差し出した。


「身に余る光栄に存じます」


― これがユウ殿の覚悟なのだ‥‥孔明、この上は覚悟を決めてもらうぞ ―


 女性としての生き方を捨て万民の為に‥‥如いては孔明の為に生きることを決意した結城。

その儚くも清らかな思いを、孔明は黙って見つめていた。


読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。



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