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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
結城の章

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白龍の逃避行 其の十二

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。


「柚殿、心配されるな」

「‥‥紳士に接していても上から見下す態度は消さないのね」


 周瑜しゅうゆは勝気な柚の態度を見て吹きだした。この手の娘を黙らせるのは容易い。

しかし、先ほど呟いた言葉も気になる。


都督(ととく)()子敬(しけい)様の船が見えます!」

「呉の船団であろう。途中、呂将軍に連絡を取り護衛させよ」


 それを聞いた柚は曹操から離れてしまう悔しさに唇を噛み締めた。周瑜は直に来るであろう呂蒙(りょもう)に指示を出すべく、船の中を闊歩(かっぽ)している。

 柚の位置は、船の柱を背に温かな敷物を幾重にも重ねた上。体が冷えないようにと彼なりの配慮。


 柚が動けば、傍に居る武将が手を貸す。この戦乱の中において、婦人に対する扱いは見事なもの。


「周都督、そちらの女性は?」

「曹操の寵姫、柚殿だ、貴殿‥‥伯言と落ち合うであろう?」

「はい。しかし彼はユウ殿のことで動いているのでは?」


 周瑜(しゅうゆ)はしばらく考えて、呂蒙(りょもう)に首を振った。孔明が南ぺい山を抜け出したことは、作を通して知っている。だとすれば、陸遜(りくそん)一人では荷が重過ぎるのだ。


そう、徐庶(じょしょ)と孔明が相手では。


「‥‥」


 柚は信じられない様子で呂蒙(りょもう)を見た。今、この男は何と言ったのか?


― ユウ?・・・・まさか何かあったというの? ―


「如何なされたかな?」

「‥‥曹軍はもう居ないわ。これ以上何の欲をかくの?」


 周瑜(しゅうゆ)は笑いながら受流す。ここでも腹の探り合い‥‥。


 柚は美周郎(びしゅうろう)とあだ名された彼の顔を見つめながら次を考える。迂闊(うかつ)に言葉を交わすことはできない。


 ユウがこの者たちとどのような関係にあるかが掴めぬ今は。


子明(しめい)よ、次の手は考えている」

「はい。我船団と分かれた魯子敬殿が孔明の船を逃さぬでしょう」

「それでよい。その時、彼の者も手に入れよう」


 (いん)()んだ言葉の羅列。

 そこに隠された真意に気がついた柚は、背に冷たい物が走るのを感じた。


 いつの時代も、女の直感と言うものは往々にして鋭いものだ。

 この時代の男性は隠す事もしないのだが、周瑜(しゅうゆ)の”想い”から様々な事柄が断片的に垣間見える。

 結城は周瑜の国に属してはいないのだと。

 目の前の男の一方的な片想い。


 それと同時に、自分達の真の関係は決して知られてはいけないということも。草を通して孔明と結城の事は調べていたが、周瑜の執拗(しつよう)な想いは計算外だった。


 柚も読書はする。その中の本にあったからだ。曹操という名も、周瑜という名も。

 歴史という大きな流れの中、寵姫としての立場がどれだけ危ういかも知っている。赤壁の大きな流れしか分からない今、ここで話し合われている戦況は命の(かて)だ。


 結城と孔明の出会いは、あの水鏡の(いおり)しかない。敵同士になってしまったという現実を突きつけられた気がした。


― どうして今まで楽観視してきたんだろう! ―


 結城は孔明とこの赤壁の戦いを乗り越えようとしている。今、柚が掴まっていると分かれば、是が非でも助けに来るに違いない。それがどんな極悪非道な者でも、友というだけで手を差し伸べる‥‥そんな結城なのだ。


― こんな筈じゃなかった‥‥彼を逃がせばそれで良い‥‥と思っていたのに‥‥ ―


 うろ憶えの記憶で行動した自分の浅はかさに打ちのめされる。周瑜のような華のある男が可憐な親友を好む事も推測できた。


 遠くの空を見上げ、柚は悔しさに唇を噛み締める。自分は何のためにここに居るのかと。


 思い起こされる記憶・・・・・。

 最初は友を守る為に女である事を選んだ。そうやって女好きな曹操に庇護(ひご)してもらおうとした。それは彼が、一度恋した女性の面倒はしっかりと見ていることを知っていたから。


 だからこそ、荊州(けいしゅう)に来ている曹操の目の前に(あで)やかな姿で現れた。

 誤算だったのは、曹操に恋をしてしまったこと。目論(もくろ)んだ事も全て見抜かれて、それでも彼は手を取ってくれたのだ。

 歴史の英傑(えいけつ)は、どこまでも紳士だった。


 別れ際のあの時、柚は幸せだった。決して本気ではなかったと思っていたから。

 時代を超えての、真実の愛。


 ”歴史”を知っていたからこその末路。徐庶の母親の件も知っていた。悪女の汚名を被る事で曹操の影を演じなければならなかった。

 そうしながら歴史という流れの帳尻(ちょうじり)を合わせてきたのだが。

龐統(ほうとう)幕下(ばくか)へ招く手引きをしたのも彼女でだった。


「私は(おろ)かだわ‥‥全ては、どうすることもできない流れの中にあったのに」


 周瑜は歩み寄り、吹っ切れた柚を見下ろして微笑む。


― 私の罪は、愛している人に業火の中を彷徨(さまよ)わせた事 ―


公瑾(こうきん)様は面白い方ね」

「ほぅ、私が面白いか?」


― だから、ユウだけは守ってみせる ―


「ええ。私の国には無い感性ですもの」

「そなたの国?」


― 孔明はユウを気に入っていた。だから逃がそうとしたし、ユウを向かい入れたのよ。 ―


「私の国は一夫一妻なのですわ。不貞は両者に当てはまるけど、それを凌駕(りょうが)するほどの器量を持ってらっしゃる」

「そなた‥‥もしや‥‥」


 言いよどむ周瑜の変わりに呂蒙(りょもう)が質問を投げかけた。


「ユウ殿と同郷(どうきょう)の方か?」


― ユウはきっと孔明を‥‥ ―


「同郷‥‥ですか?」


 焦らすように首を傾げる。相手はあの周瑜なのだから。そして懐かしそうな声色で告げる。


「同郷などと言うものではありません‥‥」

「お知合いか?」

「判りません」


 柚の答えに周瑜は歯噛みする。その肩を持って(おとがい)に手をかけて、柚の瞳の奥に隠れた真意を読み取ろうとした。


「私の知っているユウであるかは存じませんわ」

「私を焦らすとは悪い女性だ」


 この駆け引きの負けを認めた周瑜は、柚から離れる。


 その時だった‥‥対岸から一隻の軍船が此方に向かってくるのを見たのは。

読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。



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