白龍の逃避行 其の十一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
「ユウ殿、お諦めなさい」
「伯言殿、放して!」
羽交い締めされ、一隻の船に乗せられた結城。目の前の陸遜に、いつもの笑みは無い。
「貴女は都督の元にいらっしゃる方が幸せなのです」
諭すように言い放つと朝霞みに浮ぶ景色を指差した。
「伯言殿‥‥私は!」
「見なさい‥‥ほら、都督が戻られる‥‥」
勝ち誇った笑みを浮かべて、陸遜は次第に明らかになる艦隊を見る。
恐怖と戦慄が結城を襲った。
― 逃れられない! ―
何十隻もの軍船が旗を靡かせて此方に向かってくる。周瑜が戻れば、結城は呉から出られなくなるだろう。涙ぐむ結城に陸遜は追い討ちをかけた。
「可愛い人ですね。でも、私には通用しませんよ?」
「‥‥っ‥‥」
「最初から言ったでしょう?こんな私を見せるつもりは無かったのに」
貴女が悪いのだと微笑む。これ以上の恐怖はないだろう。陸遜を敵に回して、無事ですむ筈がない。
とうとう、嗚咽が零れ、陸遜は優雅に言い放った。
「私の勝ちですね。大人しくしていなさい」
結城を放す気も無いのか、遠くに見える船を誇らしげに見ていた。
「さぁ、出航して出迎えましょうか‥‥」
その言葉が合図なのか、船着場に巻かれた鎖が外されようとしている。震える体をどうすることも出来ずに、結城は陸遜の腕の中で静かに泣いた。
「陸参謀殿、そこまでにして頂けますかな?」
何処からともなく沸いた声。その声は久しくも聞き慣れた孔明の声だった。
「おや?‥‥成る程、あの南ぺい山から戻ってこられましたか」
余裕の笑みを浮かべて、陸遜は孔明を睨んだ。周瑜の期待を裏切るわけにはいかない。
そして、自分自身も結城に光を見ている以上、孔明が現れたからといって怯むわけにいかなかった。
― どのような策でこの私からユウ殿を奪う魂胆か‥‥ ―
「陸伯言殿、貴殿は大事な神事を邪魔された」
孔明は涼やかに笑うと、まだ神事が終っていない事を告げる。
「馬鹿な!東南の風は吹いた。ユウ殿を助けたいばかりの世迷言に この伯言が乗るとでも?!」
「世迷言かどうかは、貴方の目で確かめられよ」
声は静かに発せられている。しかし、どこか不安を煽るような物言い。
陸遜から笑みが消えていく。
確かに東南の風が弱くなり、朝の日の出前の空気が昨日よりも冷たく感じる。これは孔明の心理作戦なのだと、懸命に言い聞かせる。
結城の目から見ても陸遜の心が揺れているのは確かだった。この好機は一度しかない。
「だから言ったのです。伯言殿‥‥私は孔明様の命で動いていると」
「‥‥ユウ‥‥殿‥‥」
おそらく彼の中で、先ほどの口上がまわっているのだろう。そこへ、一隻の船が近寄る。陸遜の船へ寄せて、橋を渡す。
「な‥‥」
「伯言参謀殿、護衛の貴殿が居らぬので孫姫と二喬殿、この元直が責任をもって預かり申した」
「伯言殿、私の参謀をお返し願えますな」
徐庶と孔明の策謀に嵌った陸遜は、唇を戦慄かせて自分の考えが甘かった事を悔いた。
「そんなに心配ならば、伯言殿もいらっしゃると良いでしょう」
船を移りながら 火に油を注ぐように孔明が誘う。
最早、陸遜に選択肢は無い。
渡された板を渡り、結城と共に徐庶の船に移る彼の顔は憎悪に満ちていた。
そして、楽師の音と共に二喬と孫姫の舞いが始まった‥‥
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




