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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
結城の章

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白龍の逃避行 其の八

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。


 曹操が立ち止る頃、結城にも天の分岐が迫っていた。


「嫌だな‥‥ユウ殿、そんな顔しないで下さいよ」


 夜の(とばり)が微かに色褪(いろあ)せて視界の輪郭(りんかく)を暴き始めた。しかし、呉の参謀‥‥隠れた周瑜の懐刀(ふところがたな)である彼の姿は、赤壁の炎によって色鮮やかに映える。


 茜色(あかねいろ)のマントを風に(なび)かせ、その色が炎の反射を受けて緋色(ひいろ)(あや)しさを増す。

 その内に夜の紺を(まと)い。緋と銀の刺繍の入った鮮やかな軍服。白地の(たもと)を揺らして、手を水平に横へ上げ合図を送る。


 その号令に、付き従う将校達は音も無くその場に腰を下ろした。


― まるで別人‥‥ ―


「私が怖いですか?」


 投げかけられた質問にハッとして我に返る。恐ろしいまでの威圧(いあつ)感が結城を襲った。

 周瑜(しゅうゆ)とも仲達(ちゅうたつ)とも違う異質なもの。それが何なのか推し量る事もできずに、ただ呆然と見つめてしまう。


― ユウ殿、ここは正念場(しょうねんば)ですぞ! ―


 徐庶(じょしょ)は結城の腕を掴んだ。視線で呑まれてはいけないのだと告げる。揺れる瞳に徐庶(じょしょ)は首を振った。


 結城はまだ軍師参謀の恐ろしさを知らない。彼らには独特の感性と漂わせる威圧感がある。それらの根底は、個々の資質と能力であり目に見えぬもの。


 特に陸遜(りくそん)のような男は、公私を使い分けて軍師の顔を隠す(たぐい)。目の前に垂らし髪を(なび)かせて、笑顔で立っている彼の本心も本領も見極める事さえできない。


伯言はくげんよ、随分と気合の入った格好だな!」


― え‥‥孫姫? ―


 結城に業を煮やしたのか、孫姫は声を高らかに嫌味を言う。


「既にお判りの事を仰いますとは‥‥駄目ですよ孫姫、ユウ殿も元直(げんちょく)殿も玄徳(げんとく)公の配下なんですから」


 実に楽しそうに、それでいてそれ以上の言葉は許さないような応答。孫姫は唇を噛んだ。これ以上の手助けはできない。

 後は結城が自分で切り抜けるしかない、まさに分れ道だった。


 孫姫の言葉を思い起こし、結城は考える。時間だけが刻一刻と過ぎてゆく。


― さぁ見せて下さい‥‥貴女がどう切り出すのか‥‥ ―


 水面を隔てて佇む陸遜(りくそん)妖艶(ようえん)に笑う。結城は悟った。


 彼は戦場の荒くれた中でも、状況を打破するための策略を笑顔で作れる人物なのだと。太刀打ち出来ない。あまりにも力量が違いすぎる。

 その上に立つ周瑜‥‥周瑜と渉り合える孔明と仲達。


― おやおや、降参ですか? ―


 陸遜は小さく肩を(すく)めて、橋を渡りだす。

 風にそよぐ彼の髪が柔らかな物腰を強調させるが、今の結城には恐怖にしかならない。傍に佇んでいる大喬も小喬も(たもと)で口を(おお)って、彼の到来に震えた。

 徐庶はそれを垣間(かいま)見た時、陸遜と対峙させてはならないと結城の前に立ちはだかった。


(じょ)元直(げんちょく)参謀殿でしたね。潔斎(けっさい)中の貴方ではお話することもできません、さぁ‥‥そこを退いてくれませんか?」


徐庶(じょしょ)様! ―


 視界にいた陸遜(りくそん)が消え、結城はホッとしたように徐庶(じょしょ)の背中を見つめた。ほんの少し考える猶予(ゆうよ)ができ、落ち着こうと目を瞑る。

 しかし、そんな甘えも許されないのか、陸遜(りくそん)徐庶(じょしょ)越しに話し出す。


「茶番だとは思いませんか?」

「!!!」

「今更、地道を修めるなどと、何を企んでおいでです?」


 彼にはこの策略の意図が判っているのではないかと不安になる。


伯言(はくげん)、もう良い!このような所に乗り込みおって、赤壁の算段はどうなってる!」

「事後処理は抜かりなく手配してます。(あわ)の収穫も遅れ気味ですからね」


 孫姫のうんざりした声が、苛立ちを露にして陸遜に注がれる。しかし、それすらもいなしてしまう彼は、矢張り(したたか)かだった。

 何やら内政の話も混ざっているのか、粟という単語から推測を立てる。

陸遜(りくそん)の言葉に隠れた内容を‥‥。


 (あわ)とは雑穀の粟だろう。収穫が遅れているのは、赤壁の戦いで農民の男子が兵役に参加しているせいだ。

 本来、雑穀は霜の降りる十月の終わりまでに収穫する。今は十一月も下旬に差し掛かった時期、これ以上先伸ばす事も出来ないのだろう。

 事後処理とは、戦いの後に兵を農民に返し収穫を終らせてしまおうという段取りの事。


 おそらく、彼は従来の兵と農民からの募集兵を分けて、後者をこの地に留まらせている筈。結城はそこまで考えて、遠くの赤壁を見た。深呼吸して心に仮面を付ける。


「尚更、地道を成就せねばなりませぬ」


 結城が声を発したので陸遜(りくそん)は嬉しそうに、何故ですかと聞き返す。


元直(げんちょく)殿、心配は無用です」

「‥‥」


 落ち着いた声色に徐庶(じょしょ)はその場から退いた。真っ向から笑顔の陸遜と対峙する。

 結城はわざと彼の直ぐ傍まで歩み寄った。


― ほぅ、何か良い策を思いついたみたいですね。 ―


「赤壁での勝敗はついて結果は明らか。今、風が止んでも誰も困りませんよ?」

伯言(はくげん)殿、玄徳(げんとく)様と呉は同盟を結ばれています。だからこそ進言させて頂きますね」


 含んだ言い方に、初めて陸遜が眉を動かした。


「粟等の収穫物がまだの今‥‥冬の到来はさぞかし脅威(きょうい)でありましょう。」

「まるで孔明殿のような言い方ですね」

「これを託されました」


 結城は孔明の羽扇を見せながらもう一歩踏み出す。彼の顔が直ぐ上にあり見上げたまま‥‥


「この東南の風を止ませては、玄武の神の到来を招き寄せる結果になります」

「玄武‥‥の、神?」


 流石に理解し難いのだろう。結城は微笑むと七星壇の方角を見ながら、(うた)うように説明しだした。


「東の太陽が昇るように、人の命が生まれ‥‥青龍が大地に息吹をそそぐ。新緑の世界なる、春のこと。

南の太陽が盛んになる時、木々がその青葉を大地に広げるように人も人生の謳歌(おうか)を楽しむ‥‥朱雀(すざく)は再生と発展。

盛んに()ゆる、夏のこと。

西に太陽が沈む時、人は老いて振り返り、その人生から何かを感じる‥‥白虎は修めの時を紡ぐ。

変わり行く木々の世界なる、秋のこと。

太陽が夜の(とばり)に隠れ、死を迎え新たなる生命の躍動(やくどう)を待つための休息‥‥玄武は終結の時を与える。

大地が閉ざされる、冬のこと。」


 春夏秋冬と四聖に太陽の軌道を掛けた言葉。その場の誰もが、結城の考えを読めなかった。


「まるで東南の風が止むと冬が到来してしまうと言うような口上ですね」

「そうです」

「それは本当なのかユウ?!」


 慌てた孫姫の声が二人を(さえぎ)る。


「今、霜を降ろすわけにはいかない。そうは思いませんか?」

「‥‥困りました。これではユウ殿の考えに乗るしかない」


 軽やかに身の振りを変えた彼は、天性の知恵者ぶりを発揮する。そして結城もまた 参謀としての階段を一段歩んだ。


「私のすべき事は赤壁の船着場を祭壇に、指示された地道を成すこと。伯言(はくげん)殿が傍にいても構いません」


 それとも私を守ってくれますかと彼を覗き込む。これには陸遜(りくそん)も驚いて目を見開いたが、直ぐに柔和な顔つきになって、ではそうしましょうと承知した。


 陸遜を守護者に従え、孫姫と二喬を連れて結城は赤壁の船場へ急いだ。



 日の光の到来はもう直ぐ訪れる‥‥



読んで下さって、ありがとうございます。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。


ゴールデンウイークを含む4/28~5/6は2話ずつ更新していきます。

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