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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
結城の章
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幽明の調べ 其の一

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。

 結城は広い城内の庭を歩いて小さな溜息(ためいき)を吐く。

ここ数日間、柚とは会っていない。それが返って冷静に自分の立場を分析できる余裕を与えたのだが。

 時たま隻眼(せきがん)の武将・・・夏候惇(かこうとん)将軍が顔を出す。彼は老子(ろうし)荘子(そうし)の書物を持ってきては、いろいろと世話をやいてくれる。


 それが同情か興味なのかは考えが及ばない。

 判った事は、自分は文字が読めるということ。当然過ぎて驚いたが、言葉も通じていることに今まで気が付いていなかった。


「先日渡した書物は読まれたか?」

「一応通読(つうどく)しましたが、奥深くて・・・・何度か繰り返して見たいと思います。」

「そうか・・・・ユウ殿、貴行(きこう)・・・外の事にも目を向けられよ。」

「外・・・?」

「民だ。民無くしては国は作れん。」

「外に・・・出ても良いのですか?」


 遠慮がちに言った言葉に夏候惇は『我殿は細かい事を気にする性格ではない。』と豪快(ごうかい)に笑う。

 要は、欲するのであれば貪欲(どんよく)に吸収せよ、ということらしい。


「では、今日の午後にでも散策してみます。」

「うむ。ワシは行けぬが案内を他の者に頼んでおこう。」

「ありがとうございます。」


 結城は幽閉(ゆうへい)されるイメージを抱いていたのだが それが見当違いだったことを恥じた。

 これより先は、恙無(つつがな)く目立たぬように振舞えば・・・自分の事など誰一人思い出すことも無くなるのだからと。


 しかし、運命は皮肉にもそれを(くつがえ)す試練を結城に与えた。


「ユウっ!ユウっ!」

「柚様、斯様(かよう)な処にいらしては我等が怒られます!」


 侍従(じじゅう)の言葉を振り切り、柚が部屋の(とばり)を開け放つ。


「今の声は・・・柚様のお声では・・・・?」

「まさか・・・。」


 結城は蒼白(そうはく)になりながら 声のする方を見た。

 今ここには、仲達や荀彧(じゅんいく)・・・荀攸(じゅんゆう)等の錚々(そうそう)たる顔が揃っているのだ。

 こんな場所で寵姫(ちょうき)となった柚が我侭を言えば結城の命は無い。


「こんな所に隠されているなんて・・・・酷いわ。」

「・・・・・。」

「柚様、我等は今軍議の最中。御用とあらば後ほど伺います故・・・・。」


 荀彧が見るに見かねて柚を(いさ)めたが、次の発言でその場は()て付いた。


「ユウ、私・・・もう嫌なの。水鏡先生の所に戻りたい!」

「な・・・何言って・・・・。」


 声にならない。

 柚の発する言葉は結城の心をズタズタに引き裂いていった。それでも良心を(とど)めて、迷惑がこれ以上、誰にも及ばないように柚を引き止める。


「貴女の言っている事は・・・ここに居る全ての人に迷惑がかかる・・・それを。」

「それが何よ!ユウはちっとも私と居てくれない!」

「貴女の言葉は全てを滅ぼしてしまう!」

「誰がどうなったって構わない!私は帰りたいのっ!」


 決定的な言葉。

 心の何処かで何かが壊れていく。


 パーーーーン!


「柚、貴女には道徳心が無いの?!ここに居る方々が何をした!少なくとも・・・少なくとも・・・・」

「何よ、ユウだって皆を(だま)してるじゃない!女のくせに!」

「・・・・・っ」


 現実に引き戻された結城は力なく壁に寄りかかった。()()でも着いて来るのではなかったと、今頃になって後悔する。


「そうだね・・・私は何も言う権利が無い。だけどっ・・・今までお世話になった方々に迷惑がかかるのだけは避けたい・・・。」

「1人だけ良い顔しないでよ・・・・自分だって元の世界に帰りたいくせにっ!」

「うん。帰りたい・・・今になって柚・・・貴女の我侭に付き合ったこと、とても後悔してる。」


 最早、懺悔(ざんげ)だった。

 全てが軍師陣(ぐんしじん)の前であばかれてしまったのだ。死は確実にやってきていた。

 結城は気力を振り絞って最後に伝える言葉を発した。裏切られても思ってしまう心。


「それでも、友達だと思ったから、だから・・・・最後の忠告ちゃんと・・・聞いてね。」

「何で最後なのよ・・・。」

「上に立つ人ほど責務と重責は大きいの。その奥方になったんだから自戒(じかい)する心を身に付けて・・・。」

「何・・・言って・・・・。」

「歴史上、優れた王には優れた女性が必要だよ・・・もっと他人に目を向けて・・・・民を大切にして・・・慈悲の心を忘れないでね・・・。」

「嫌よ・・・何・・・・何言ってるのよ・・・。」

「自分を(かえり)みない人は誰からも相手にされない・・・妻になって旦那さんを支えるって・・・大変なことなんだから・・・・・。」


 (くや)しい、口惜しい・・・・それでも友なのだ。柚に背を向けたまま結城は仲達に向き直る。

 泣くまいと唇を噛み締め、頭巾(ずきん)を取りながら一礼する。


「いつかこんな日が来ると思って、でも・・・・・それでも、大切だから・・・・・柚をお願いします。」


束ねた髪がふわりと下ろされ、女性らしさを引き立たせる。


「ユウ殿・・・・そなた・・・。」


 駆けつけた夏候惇と張遼(ちょうりょう)が息を呑む。誰の目にも結城の姿は(はかな)く映った。

 そんな結城の頭巾を手に取り、結城に被せる。


「夏候将軍・・・剣を。」

「な・・・司馬軍師、気は確かか!」

「確かも何も、ユウが何者であれ・・・寵姫に手を上げたのだ。死を以って(つぐな)うしかあるまい?」


 淡々(たんたん)と告げられた言葉に、その場の全員が悲痛な顔をする。


― 生かしたい ―


 その場に曹操がいれば違っただろう。手渡された剣が(さや)から抜かれる。


「止めて!」


 柚は剣の前に立ちはだかって仲達を止めた。


「退かれよ・・・寵姫殿。」

「嫌っ、ユウは殺させない!」

「これは最早、貴女だけの問題ではない。貴女に無礼(ぶれい)を働いたということは主君に無礼をしたのと同じこと!」


 仲達の声は(りん)として、気迫が(こも)っている。


「ダメ・・・殺さないで・・・・我侭を言わないから・・・もう、帰るなんて言わないからお願い・・・!」


 泣き崩れる柚を見て、張遼が口を挟む。


「軍師殿・・・拙者からもお願いする。確かに無礼は許される事ではないが、寵姫殿が離れられるのを諌めて下さったのだ・・・」

「左様、多少行き過ぎたところもござったが・・・拙者に免じて穏便に出来ぬか?」

「仲達殿・・・我等も同意見です。」


張遼と夏候惇に引き続いて荀彧・荀攸の両者も頭を下げる。

仲達は柚を見据(みす)え問う。


「ユウ殿にこれまでと同じく過ごして頂くには、寵姫である貴女の協力が必要。」

「判ったわ・・・何をすれば・・・・・・。」

「何もすることなど無い。ただ・・・今後は二人・・・お会いしないで頂こう。」


 絶句した柚に仲達はさらに追い討ちをかける。


「ユウ殿が男として生きる以上、貴女が近寄ればあのお方の嫉妬心を(あお)ることとなる。」


 その言葉に柚は力なく頷いた。

 結城はただただ、唖然としていた。

 柚が去った後、顔に掛けられた布が取り払われたが・・・・呆然と目の前の仲達を見ることしかできない。


― 何が・・・起こったの? ―


「くくっ・・・先程までの威勢(いせい)はどうした?」

「私・・・私は・・・・。」

「寵姫様には手を()いておりましたが、これで当分は大人しくなって頂けますな・・・仲達殿。」

「という事だユウ殿、貴殿が気に悩むことなど何一つ無い。」


 仲達や荀彧達の口ぶりは今までと同じ扱い。

 結城は稀代(きだい)の名軍師、司馬(しば)()仲達(ちゅうたつ)の優れた一面を垣間見(かいまみ)た気がした。

 全てが仕組まれた演技だったのだと(さと)ったとたんに、体から力が抜けて倒れこむ。


「仲達殿・・・(いささ)かやり過ぎではござらんか?」

(ちょう) 文遠(ぶんえん)将軍、如何に清らかな心と言えど、腐敗した者と居ればいつしかその輝きは失せるもの・・・・。」

「しかし、懸命(けんめい)に隠しとおそうとなさっているユウ殿には酷というものでは・・・。」

「いや、夏候将軍・・・軍師殿の言われるのも最もなことよ。」

文若(ぶんじゃく)殿・・・・」

「なれば、こう言えば皆々様には御納得か?」

「軍師殿?」

(だま)すは罪なれど黙認した私も罰則に値する。この件は私の面目を立てると思って黙認下され。」


 要は、共に罪を被ろう・・・・共犯者になってくれと頭を下げたのだ。

 何時に無く物腰の低い仲達の物言いに一同驚いたが、結城の屈託の無い素直さに惹かれたのは言うまでも無く・・・。

 一同はこのまま結城を男子として・・・同僚として扱う事を決めたのだった。


「起きたか・・・?」

「・・・・仲・・・達・・・さま?」


 結城が目を開けると、その傍で仲達が書簡に目を通している。

 夕暮れの明かりが辺りを茜色に染め上げていた。結城はぼくに座したまま仲達を見た。


「貴殿の所在は私の部下・・・ということになろう。」

「仲達殿の部下・・・。」

「でなければ、今日の目論見(もくろみ)が泡となりかねん。」


 仲達は孫子の書を卓の上に置き、『読んでおけ』と手短に区切る。


「この部屋は私の部屋に隣接した客間だ。何かあれば男子として来るが良い。」


 振り向かず背にしたままで告げられた言葉。男子として来い、それは紛れも無く結城を気づかった言葉で・・・・。

 この時代の女性が、夜に男性の部屋を訪れるなどもってのほか。まして、結婚前の男女が朝まで部屋を共にするなど貞淑(ていしゅく)に関わる大事だった。

 しかし、仲達と居れば軍議にも参加せざるを得ない。話が判らないのでは、仲達の側近も勤まるわけにゆかず・・・兵法を即日(そくじつ)の元に習得する必要があった。

 見習、その形式を取ったとしてもある程度の知識が欲しい。それを考慮しての、声かけなのだろう。


 書を与え判らぬ処は、夜に聞きに来い・・・。遠まわしの言い方。

 結城は早速目を通したが その出鼻(でばな)から(くじ)かれた。


読んで下さって、ありがとうございます。

幽明の調べが始まりました。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

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