白龍の逃避行 其の一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城は暗い廊下を走った。朝方から使いの者が来て、徐庶はこの館にいない。不安と焦りが心を支配して、結城は体の震えを止める事ができなかった。
幸い周瑜も呉の重臣も赤壁へ出向いて居ないのだと言い聞かせる。しかし出端をくじかれたのは、明らかに周瑜の策略だろう。
「どうしよう・・・・・」
声が咽を突いて出た時、暗闇に佇む人影が見えた。
「ユウ殿、どちらへ参られる?」
「!!」
悲鳴を上げそうになるのを堪え、結城は声のした方を振り返った。雲が途切れ、月明かりの帳に照らされたのは‥‥
「諦められよ」
「何故、貴方が‥‥」
気弱になっている結城は、相手の気迫に圧されている。一歩、間合いを詰めて、彼は赤壁を指差した。
「呉の水軍都督を軽んじられるな。戦場は赤壁だけとお思いか?」
「‥‥貴方は、孔明殿の兄君ではないですか!」
結城の文句が可笑しかったのか、諸葛瑾は肩を揺らした。
「私は呉君の臣下。如何に孔明が我弟であろうと、忠誠を疎かにする子瑜だとお思いか?」
「そんな!血を分けた家族なのに!」
「乱世の慣わしは血よりも忠誠が濃いと、孔明に習わなかったようですな」
到底理解できないだろう。結城の世界観では、家族の絆は深い。敵味方に分かれて腹を探り合ったり、戦うなど‥‥
「放して下さい!」
「貴女がどんなに知恵をつけても、この乱世に於いては何の役にも立たない」
「‥‥そんな‥‥」
諸葛瑾の言葉は痛烈に結城を打ちのめした。腕を掴まれ振りほどこうとしていたが、不意に動きが止まる。
「‥‥理解出来ない‥‥できないよ‥‥家族なのに‥‥」
「それで孔明の横に並ぶというのか?」
驚いて見上げた先には、孔明に似た顔。諸葛瑾と孔明は一回りほど離れているが、父譲りの切れ長の目元は瓜二つ。
その彼に叱咤されたのだ。
「落ち着かねば、こうやって相手の策略に嵌る」
「!!!」
「戦というものは、何も戦場や公儀の場だけではないのだ」
「まさか‥‥子瑜様は、」
拘束を解き、燃え盛る炎の方を向きながら穏やかに続ける。
「解せぬ判らぬと駄々を捏ねるのは辞められよ。貴方が孔明の隣に並ぶ事を選ぶのならば‥‥」
チラリと目の端に結城の姿を映して‥‥
「成さねばならぬ大義から逃げぬ事だ」
「成さねばならない大儀‥‥?」
「軍師参謀は私情を捨てる。その心得が判らぬと言うのであれば、身を置き換えて挑まれよ。」
「身を‥‥」
「相対する敵の者。味方の者。武将や官職の者。民衆。万人に置き換えよ」
諭すように告げられる言葉は重い。
「物事の通過点を見失えば、必ず自身に返って来る。甘んじて受けねばならぬのだ」
「‥‥はい。」
「判らぬという、甘い感情は金輪際捨て去られよ。」
「‥‥あっ!子瑜様!」
そのまま立ち去っていく諸葛瑾。結城はその後姿を、涙ながらに見送った。
「私は‥‥」
なんと愚かなのだろうと唇を噛み締める。
かけ離れた考えの相違。
今の今まで、そう思っていた。しかしそれは考え違いだったのだと気が付く。現代もこの乱世も同じなのだ。
自身の人生や進むべき道、考え方や手立てが判らぬからといって投げ出したり逃げれば‥‥当然、その報いは、自身が受けることとなる。
ただ一つの相違点は、乱世が故に一人の報いでは終らぬ事。
もし、希望や目的があるならば、筋道を立てて物事の道理を進まねば成し得ぬ。それは心も考えも行動も全て同じに言える事だった。
結城は現代の生活が如何に自由意志の選択を許された世界か思い知らされた。ここでは甘えなど一切許されない。
即、生き死にに関係してくる。
「慌てない‥‥まずは次の行動を起こす前に流れを考えよう」
自分に言い聞かせて、遠くの戦火を見る。周瑜は陸路を行き、程普が船に。
孔明は南ぺい山だが、既に動いているだろう。
正気に戻った心で諸葛瑾の言った通りに、徐庶を心に描いた。彼ならば、急な呼び出しに応じていたとしても、結城の行きそうな場所に必ず戻る。
「私の行きそうな場所‥‥」
ハッと息を呑むと、結城は廊下を走った。最早、一刻の猶予も間々ならないのだ。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。
ゴールデンウイークを含む4/28~5/6は2話ずつ更新していきます。




