東南の風 其の二
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
昨日、曹操の使いが黄蓋の元へ訪れ、投降の許可がようやく降りた。
「いよいよか‥‥」
真夜中過ぎ、 黄蓋は皺だらけの手を擦りながら、小船の床板を外して中から油と藁を出した。
夜目が達者なものでなければ危うかったが、此処数週間、外で干されていた黄蓋にとって造作も無い事。
藁を要所要所に置き、油をかけた後に暗幕をかける。
翌朝、何事も無かったように曹操の迎えを待った。
夜の帳が降りた頃、迎えの船につながれて黄蓋の乗った船は徐々に曹軍の砦に近づいていく。
折しもその時、風は徐々に向きを変えて東南の風が吹き荒れた。
黄蓋は暗幕に隠しておいた松明に火を点けて、藁に引火する。風の煽りを受けて、船は炎を増して進む速度を速めた。
「孟徳様!大変でございます!」
「何なのだ!」
武将達と酒を飲んでいた曹操は、外の騒がしい様子に天幕を出た。彼の目に映ったもの‥‥それは‥‥
赤壁に陣取った曹軍の水軍に、黄蓋の燃え盛る船が突っ込んでいく風景。曹軍の兵士達も矢を射て応戦したが、強風に煽られた船の勢いをとめる事はできなかった。
「何故、東南の風が!」
「孟徳様!呉の水軍が押し寄せております!」
次々に燃えていく船団。その後ろに呉の水軍が並び立つ。最早、曹操に体勢を立て直して、呉の水軍に立ち向かう余裕はなかった。
逃げ惑う兵士の中で、曹操は怒りに身を震わせて沈む船を見た。
鎖で連なった船の帆に火のこが飛び火して炎上。次々と船を沈ませる。ここで初めて、龐統士元が呉の間者だったのだと悟った。
荀彧や仲達を遠ざけ程昱の進言を無視した、自分の知恵の浅はかさに嫌悪する。
「お逃げ下さい孟徳様!」
「元譲!ぬかったわ!」
馬を用意した夏候惇が槍を持って現れ、曹操に馬に乗るよう勧める。
「孟徳!」
「柚よ、来い!」
戦火の中、柚は優しく微笑むと、涙を振り切って曹操のマントを引っ張った。
走り去っていく柚の後姿を見て曹操は夏候惇に命令する。
「柚を連れてくるのだ!張遼、張郃行くぞ!」
曹操の去った後、夏候惇は柚の姿を探した。火矢の飛び交う中、懸命に走り回る娘。
手にしたマントや天幕にあるマントを次々と兵士に纏わせて馬にのせ四方に走らせる。しかし、力尽きたのか口元を抑えて、天幕の片隅に蹲った。
「ご寵姫殿、ご無事か?!」
「‥‥っ‥元譲‥‥将軍‥‥うっ‥‥」
震えながら耐える柚を抱き上げて馬上に乗せると、夏候惇は曹操の後を追った。
「‥‥程普殿‥‥都督殿は大丈夫であろうか?」
「水軍は副司令官の私と参謀の貴殿に任されたのだ。やらねばならぬ事は沢山ありますぞ」
程普の言葉に魯粛は陸路を進むであろう周瑜の方向を見た。人が良い魯粛を見て、程普は呂蒙殿も付いておられる と付け足す。
周瑜は文武両道の軍師だ。心配は無いが、将軍である呂蒙がきっと守ってくれると暗に黙して言っている。
紅蓮の炎の向こうに土煙が西に向かって移動していく。
「最後の追撃の一手も緩めないとは‥‥さすが公瑾殿」
魯粛と程普は周瑜の抜かり無さに頼もしさを感じた。
「周都督、矢張り西へ向かったようですな」
「複数の曹操を追わせたので、各部隊が偽装工作を見破るまで本体が手狭になっている。深追いは‥‥」
甘寧が戦況を報告しながら、周瑜の方へ飛んでくる流れ矢を剣で払う。この男、甘寧、字を興覇と言って、賊上がりの野蛮な性格の持ち主だった。
粗暴な行いをする割には拘らない性格。如いて言うならば、先見の目を持っている面白い男なのだ。
「いや、追撃するのは今しかあるまい」
「ならばこの興覇を盾に」
「それを頼みたい所だが、君には殿を務めてもらう!」
周瑜の手勢は陸路を西に向かった。他の方角へ赤いマントの男が向かったと報告に入ったが、本体は唯一報告の無かった西へと進んだ。
「浅はかな猿知恵を出しても、この公瑾には通じぬ!」
大天幕の様子から、曹操は妾を連れていると読んだ周瑜。曹操が妾を連れて逃げるはずも無い。
馬に乗れぬ女性ならば、二人乗りが必定。それでは逃げ足をおそめるばかり。四方に散らばったとは言え、曹操の率いる軍勢本体とその他の少数部隊に別れて同じ目的地へ向かう筈なのだ。
妾の死体が無い以上、思わぬ裏をかいて曹操を出し抜ける可能性が高い。
「追撃の合間も、野に放たれた敵将と妾を見逃すな!通る全ての集落を探れ!」
妻のある周瑜だからこそ細やかな事に気が付く。凛とした命令が飛ぶ。
白馬に跨った周瑜は、風を切って走り抜けていった。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。
ゴールデンウイークを含む4/28~5/6は2話ずつ更新していきます。




