東南の風 其の一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
「孟徳様、これでは船が身動きできませぬ」
「程昱、何を斯様に案ずるか?」
「柚様がお連れになった士元と申す男。如何に智謀に長けているとはいえ、これでは‥‥」
ふんと、鼻で笑うと曹操は背凭れに体を預けた。
「此処は赤壁なのだ。火計を心配するならば、それは有り得ぬ」
「しかし!」
「我等は西北に陣を構えておるのだ。風上におれば如何に呉の水軍に力があろうと火計も役にたつまい!」
策に溺れれば兵を失う事もございますと、程昱は進言したが曹操は取りあおうとしない。曹操もまた孫氏の兵法を学んだ策士。
この長い遠征と不慣れな船上での生活で兵士百万の士気は落ち、発病するものが多かった。手を拱いていた処へ、柚の龐統捕獲の知らせは正に朗報。
しかも、彼の授けた”連環の計”で船を鎖で繋ぎ合い、陸路のように揺れを少なくした事は大きな改新であった。
「もう良い、下がれ」
威圧的な声色で程昱を抑えつけると、曹操は幕の奥へ消えていった。
数日後、曹操の元に統が現れた。
「何事かな、士元殿」
「曹公殿‥‥何故にあの者を留め置かれますかな?」
柚と酒を飲んでいた曹操は、何かと龐統に訊ねた。
「小船に揺られている御仁は衰弱し、目に余る処遇‥‥余りにも無体ななさりようかと。」
「黄蓋の件か‥‥貴殿はどう思われる?」
「彼の者は呉の忠臣。投降してきた者を捨て置かれたとなれば、広く天下に恥じを知らしめることに」
「作意が感じられておった。しかし士元殿の言うことも最も。」
納得した曹操に龐統は一つの案を出した。
「然様に心配されるのであれば、闇の力を借りて黄蓋殿の視覚を封じてこの陣営に招かれよ」
「成る程」
「今日にでも使いを出して、明日招き入れると受け入れの意思表示をだそう」
曹操は満足そうに頷き、龐統に酒を差し出した。
一方、周瑜は南ぺい山に築いた七星壇に来ていた。
「孔明殿、貴殿が一日祈ったが、風はびくともせぬではないか!」
「逸る気持も判りますが、約束は明日」
「できぬ時は判っておろうな?」
「公瑾殿、風は昼を境に赴きをかえまする。風の向きが変わったと同時に水軍を向かわせなければこの計略は失敗します」
「判っておる!」
白地の衣に朱と青、白と黒の帯を締め、垂らし髪の格好をした孔明に怒鳴る。いつも手にしている羽扇は無く、七星の剣が変わりに握られていた。
金糸の糸が衣から舞い、優雅に風の向きを教える。周囲にいる者達は、きりきりと緊迫した。
風はまだ、西北の風‥‥‥‥




