謀略の胎動 其の十三
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
「愚の骨頂だな‥‥」
「仲達殿?」
「黄蓋も哀れな者よ‥‥」
仲達の眼下には赤壁に浮ぶ黄蓋の船が見える。曹純は虎豹騎を待機させて仲達の隣に並んだ。
― 孔明、動くか! ―
「子和殿、呉軍が動くやもしれぬ。劉軍と呉軍の経路を絶つ!」
「成る程・・・・・して、ユウ以外の者は?」
「意に服するならば曹公の元へ。反するならば、打ち捨てよ」
馬首を返して林の中へ進みだす仲達は不適な笑みを浮かべた。
― 千載一遇の好機とはこの事よ! ―
「寵姫殿、如何なされた?」
「士元は諂わないのね」
柚に言われ、龐統は頷きながら笑った。
「でも、士元のお陰で孟徳も兵の士気が上がったと言っていたわ!」
「儂は船酔いを止めただけ」
「結果が全てよ?士元が、船を鎖で繋ぎとめれば揺れが少なくなると言ってくれたから!」
柚の言葉を遮って、龐統は続けた。
「策というものには長所と短所がある。見極めて取り立てるのは曹公の懐の広さというもの」
「士元、孟徳に仕えてよ」
「ご寵姫、鳥は野にあって全てを見ることができる」
突き放す言い方に、柚は苛立ちをおぼえた。その気配が龐統を包み込む。
「勘違いをせぬ事じゃ、仕官されたものだけが味方と思うと痛い目をみる」
「‥‥形にならない思いなんて、何処を信用すれば良いのよ!」
「目を磨く事じゃな‥‥」
「‥‥っ‥‥」
唇を噛み締める柚の肩が震える。
「喩え還れたとしても、私は還れない‥‥風習も習慣も違うこの世界で何を基準にすれば良いのよ!」
「‥‥自身が育つしかあるまいな」
「‥‥どうして‥‥士元も‥‥も‥‥」
歯痒さに涙する柚の声は、いつになく淋しげに呟かれた。今、抱いている気持が何なのか、それは柚本人すら判らない。
ただ、どうしようもなく引き返す事もできないという慟哭。
『母御を絶望の淵から叩き落すような選択を迫られたのは貴女だろうに』
― 私は人を‥‥私は! ―
あの教会に居た頃に戻れぬ自分。絶え間なく孤独と後悔が柚の心を襲う。
「ご寵姫よ、無闇に騒ぐから討たれるのじゃ。何故に水面で羽ばたくか‥‥」
龐統の言葉は諌める風でもなく諭すように注がれた。しかし、柚は敵意も露に抗議する。
「あなたは私に、他の妾と同じように振舞えと言うの?!」
「貴女は林で燃え盛る炎のような方じゃな」
「何も知らないくせに!この世界で親友にすら見放されて‥‥彼の中で一番でなくちゃ意味が無いの!」
柚の最も恐怖する部分。
現代に戻る事が叶わず、罪を犯した自身は親友を思うことさえも叶わないと。だからこそ、愛した男が全てとなった。
しかし、人の心ほど移り変わりが激しいものはない。それを知っているからこそ、柚は曹操の心を掴まえようと必死になった。
一つには仲達と程昱の言葉があらぬ誤解を生んでいるのだが。
「‥‥何‥‥‥私から‥‥たの‥‥私は貴女が居れば耐えられたのに‥‥」
「人心軽んずべからず。不義を働けば如何に親しかろうと崩れ去るもの」
「士元、あなたまで‥‥彼女の事を庇うの?」
「ご自身が心を持余しておられるのに、どうして他人にそれを推し量ることができようか」
「私は一人が嫌だった!孟徳が好きよ、でも彼は私一人のものになってくれない!」
龐統は柚を見て溜息を吐いた。
「ユウもそう!私が徐庶の母親を‥‥たから!」
それ以上は声にならなかった。嗚咽だけがその場に木霊する。
― 徐庶の母御を殺めたと申すのか?! ―
龐統は驚きを隠しつつ柚の肩に触れた。彼女は脆く小さな幼子なのだと哀れむ。
仲達が結城を留め置いていたなら、此処までにはならなかったろう。
いや、この陣営の誰かが彼女一人だけの心の支えになっていれば‥‥しかし、柚は寵姫。
それは儚い願望なのだ。
「貴女の生き方は破滅的じゃ。愛を得ようと思うなれば、行いを慎まれよ。」
一頻り泣いた柚は頭を横に振った。
「遅いわ‥‥全てが遅すぎる‥‥‥」
「ご寵姫殿」
「最初にユウを裏切ったのは私。この世界にいるのが不安で‥‥安全な拠所が欲しかった‥‥」
遠くを見つめて告白する柚は決別の涙を流した。
「ユウは敵よ。私にはあの方しかいない‥‥だから私たち敵同士なのよ‥‥」
「考え違いをなさるな‥‥」
龐統の言葉は最後まで届かなかった。錯乱した柚が走り去ってしまったからだ。
「‥‥何と情の激しい娘御か」
赤壁の空を見上げ、龐統は時が来たのだと納得した。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。
ゴールデンウイークを含む4/28~5/6は2話ずつ更新していきます。




