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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
結城の章
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神芽 其の五

三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。

 水鏡が言ったように、ここ数日で彼の元を訪れる者は多い。

 あれから、柚は結城と口を利こうとはせず、水鏡に仕える童子と過ごしているようだった。そのお陰で穏やかな日々を過ごせたが、童子の仕事が捗らない分、結城が代役を引き受けることもしばしばあった。

 要は、来客時の接客からお茶出し。水鏡の傍で菓子を勧めるなどの雑用だ。


 それでも結城にとっては有り難い仕事だった。

 手持ち無沙汰な時間を過ごすよりも、知恵者の世情( せじょう)を聞くことの方が余程勉強になる。

 これからを生きていくためには、何よりも情報が欲しい。

 無論、自身の正体が女子であることは隠しとおさねばならない。だから、髪を頭上でまとめて大きめな布で髪を包んでいる。小柄な結城はそうする事によって、童子のような中性的な男子を装っていた。


「ユウ、今日は久しく会わなかった知人が二人来る。」

「水鏡先生、嬉しそうですね。」

「うむ、一人は韓嵩(かんすう)という者じゃ。」

「かん・・・すう・・・様ですね。もう一方は?」

「何、隠遁暮(いんとんく)らしで各国を回っている者よ。」

「はぁ・・・」


― 名前は教えてくれないのね。 ―


 結城は井戸から来客用の茶を()かすため、(かめ)に水を用意しに行った。

 ここでの生活で驚いたのは、現代とは違った自給自足のような生活と水汲みだった。水道や下水の完備されていない家、特に飲み水には驚かされた。


 早朝、川や井戸から数個の瓶に()んで“ねかす”のだ。

 要は不純物を沈殿(ちんでん)させ、上澄(うわず)みだけを使って料理や茶などの飲み水に使用する。

 半分使い切ったところで残りは生活用水へ。山間に住む民族ならではの生活の知恵だった。

 そして、服装や食生活こそ質素であるものの、現代のものと()して変わりが無い。

 流石に鳥を()めることは、やったことが無かったが・・・・。


 水を汲みに行った後、結城は水鏡に(ひま)を貰って庭に出た。

敷地内は広い。手入れをしない分、野趣味(やしゅみ)的に育った木々が果実を(たくわ)えていた。

 木々の間をすり抜けて、(じゅく)した物を探す。

 先日、尹黙(いんもく)という男が訪れて砂糖菓子を置いて行ったが、」その残りでは(いささ)見目寂(みめさび)しい。


「あれ・・・・あんず枇杷(びわ)?」

「あれは杏であろう。」

「え?!」

「驚かせてすまなかった。私は諸葛(しょかつ)と申す者・・・・貴方は司馬(しば)先生のお身内の方か?」

「しば・・・?」


 男はゆっくりと頭を下げて尋ねた。

 首を傾げた結城の仕草で全てを見取ったのだろう。長身の男は『失礼をした』と微笑んだ。


「あ、あの・・・・もしかしてお約束をなさっていた方ですね。私、水鏡先生としか存じていなかったので・・・・失礼しました。」

「ほぅ・・・先生は私の名を、貴方に教えていなかったのですかな。」

「いえ・・・。」

「良いのです。先生は見込みのある者には、そういった事をなさる。」


 結城は彼の言っている意味が判らなかったが、あまりにもにこやかにしていたのでそのまま案内をすることにした。


「私は佐倉ユウと申します。」

「ユウ殿か。では改めて・・・・諸葛(しょかつ)孔明(こうめい)と申す。水鏡先生はご在宅かな?」


― 諸葛孔明?! ―


 素っ頓狂な声を上げそうになるのを(こら)え、結城は彼を屋敷へと案内した。道すがら、孔明は結城に木々の名を教えた。


「あれが(すもも)、これが桃。こちらは栗・・・ああ、これは花梨(かりん)。」

「あの、、、」

孔明(こうめい)で良いですよ。」

「孔明殿・・・ありがとうございます。」


 丁度、水鏡の客室が見える所まで来た時、孔明は立ち止った。遠目から見ても来客中なのが見て判る。結城は童子が接客をしているのを見て辺りを見渡した。

 柚の気配が無い。


「来客中なれば、ユウ殿・・・・少し私とお付き合い願えるか?」

「は、はい。」


 天下の天才軍師、諸葛孔明と話が出来るなど(おそ)れ多いことだったが、こんな機会がこの先あると言うわけでもない。

 歴史上の人物と並んで歩いている。それだけで何か心満たされる思いだ。

 (きびす)を返して庭を回る二人。


「失礼だがユウ殿はどちらの生まれか?」

「・・・・とても遠い・・・・・国です。」

「異国の方であったか。」


 大方当っているので曖昧(あいまい)に頷く。その平穏な空間を破るかのように柚が現れた。


「ユウ、見て!童子と一緒に買出しに行った時に貰っちゃった!」

「柚っ・・・様、今は来客中です!!」


 結城が柚に”様”と称号を付けたのは、どう見ても結城は童子か水鏡の若輩門下生の出で立ちで、柚は屋敷の女性のような格好だったからだ。

 そんな機転を(くつがえ)すように柚は緑色の(かんざし)を見せた。


「これ・・・・こんな高価な物を一体誰が・・・・」

「赤いマントを付けた格好良い人だったわ。(ひげ)はやして偉そうな感じのね!」

「赤・・・・・」

「お忍びで来たんですって、片目の恐そうな人が(にら)むから睨み返しちゃった。」


 その言葉が決定打となった。柚は現代でも美人の部類に入る。その彼女が化粧を施して町に出たのなら・・・・先は知れている。

 きっと何処かの武将に見初められたのだ。本人に自覚が無いだけ始末が悪い。間が悪いだけに、黙って聞いている孔明を見るのが恐かった。

 しかし、今はそれどころではない。


「他に・・・何か言われなかった・・・?」

「そう言えば・・・我城に迎え入れたい・・・なんて言ってたっけ?」

「まさか・・・・!」

「友達と一緒なら良いわよ。って言ってやったら、笑っていたわ。」

「じょ・・・冗談でしょ柚?!」


 結城は真っ青になった。

 孔明の手前、言葉を選んでいたが最早余裕など消え失せていた。見初めた女性の友が男であれば、この時代のこと・・・・力ずくで奪っていくだろう。

 結城が女の格好であったとしても、良い結果は生まれない。


「其方の方がおっしゃる風貌(ふうぼう)夏候(かこう)将軍。その御仁(ごじん)が付き添う方となれば(そう)孟徳(もうとく)殿であろう。」

「曹?曹孟徳ってあの曹操(そうそう)孟徳(もうとく)・・・殿・・・・」

(りゅう)刺史(しし)が亡くなられ、今の奥方のお子が城に居る・・・・曹軍が入城していてもおかしくはあるまい。」


 孔明の落ち着いた声は結城に冷静さを取り戻させた。


「柚様・・・貴女が曹操殿の処に行くということは、寵愛(ちょうあい)を受けることになるのですよ?」

「ちょう・・・あい・・・」

「求愛を受けることに同意したことになりますな。友人と一緒に輿入(こしい)れなど許されるはずもない。」


 孔明の補足説明も手伝って、柚に今の状況を伝える事が出来た。彼女の顔から血の気が失せて、結城にすがるように首を振る。


「嫌、素敵な人だったけどユウと別れるのは嫌っ!」


 結城は眩暈(めまい)がしてくるのを抑え、無理な願いなのだと後退(あとずさ)る。


「ユウ殿、少しの間・・・身を隠されよ。」

「・・・・・。」

「嫌っ、どうしても連れて行かれるのなら、私がお願いしてみせるから行かないでっ!」


 蒼白(そうはく)の結城に孔明は、早く水鏡の元を去るように促す。


その時だった・・・・


 馬の(いなな)きと共に偉丈夫(いじょうふ)五人が入ってきたのは。結城は震える手で孔明を林へ突き飛ばした。彼を巻き添えにしてはいけないと。

 接客の間から水鏡が出てきたが、その来訪者を見ると全てを悟ったように押し黙った。


「娘・・・・前ぶれを出せぬ緊急時・・・・故に、この曹操自ら参った。」


 曹操と名乗る男は馬から降りると、ずかずかと柚の方へ歩み寄ってくる。

 その眼光は女性に対しては柔和(にゅうわ)に見えるが、男子の格好をした結城には・・・鋭く切られるような恐ろしさを感じさせた。


其方(そのほう)が知合いか・・・」

「佐倉ユウと申します。」


 そのまま平伏し、彼の言葉を待つ。手打ちにされても仕方が無い。覚悟を決めた瞬間だった。

 彼の笑い声が響き、結城は1人の武将の手の内に納まった。


「この曹操、約束は違えぬ男でな。我、陣営まで来て頂こうユウ殿。今後はこの男に色々聞くが良い。」


 そう言うと、曹操は柚を抱き上げて馬に(むち)を打つ。(まばた)きをする暇も無いほどの強引さ。


「水鏡先生っ!」

「・・・・・・」


 男の腕に収まった結城を見て水鏡は目を(つぶ)った。乱世の慣わし・・・・この上は結城の素性(すじょう)が知られぬように祈りながら。


「あの、私は先生にお礼を言っていません・・・・命令は絶対であるのは知っています。でも・・・・まだ、知りえぬ事ばかり・・・・。」

「ならば、我元で(はげ)まれよ。私は司馬(しば)仲達(ちゅうたつ)・・・今後は仲達(ちゅうたつ)で結構。師に別れを言うのであれば止めはせぬ。」

「軍師殿、拙者(せっしゃ)がお供致(ともいた)そう。」


 逃げる事も拒絶することも許されず、(いか)つい将軍風の男が横に立つ。これ以上の長居は水鏡に(あだ)を成すことになる。

 結城は水鏡の元へ走り寄ると『助言・・・忘れません』と一礼して仲達の処に戻った。

 馬上から見下ろされる視線に耐えがたい恐怖を感じたが、結城は差し出された手を拒む事も出来ずそれに応じた。泣きたくなるのを必死で堪え、彼の衣にしがみ付く。


 馬に乗るのも初めてならば、半ば略奪(りゃくだつ)のように(まね)かれるのも始めての結城。

 悠久(ゆうきゅう)の風が頬を撫でて、結城と柚の行く末を見送った。



歯車は回る・・・・


読んで下さって、ありがとうございます。

神芽、5話で次の章です。

毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。

貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。

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