謀略の胎動 其の六
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城は眼下に広がる陣営を見て、手にした書物と見比べる。水軍の戦歴資料。通常なら門外不出の書簡だ。
小さな戦は将達の口頭で免除されていたが、それでも書記官の筆には認められるわけで。
大きな大戦ともなれば、君主の傍に控えている書記官が克明にそれを記す。今結城が見ているのは、周瑜と今は亡き孫策の歩みだった。
その他に軍の統制報告など”士気”を統べる事柄が記された重要な書簡が数点。
「難しい・・・・・・」
火計などの原理は判っても実践できる思考能力は持ち合わせていない。そう言った意味での独り言だった。
「だから面白くないって言ってあげたのに」
「伯言殿・・・・」
陸遜を呆れたように見て結城は溜息を吐いた。自分を女性として推し量ろうとする陸遜を睨みつける。
「軍略だから難しいってことじゃない」
「へぇ・・・・例えば?」
興味深げに覗きこむ彼を、結城は無視する事に決めた。
「あれれ?」
「止めた。君のその陽動作戦には乗って上げない」
驚いたように呂蒙と陸遜は顔を見合わせたが、結城は落ち着きを払ったように書簡に目を通す。
その仕草が少年のようで、陸遜は笑いを堪えた。
大人になったんだねぇ・・・・と、しみじみ言い添えた。これには呂蒙も耐えかねたように後ろを向いて肩を揺する。
「ユウ殿は先日の心理作戦を言っておられるのでしょう。あれには我等見事に騙されましたぞ」
「魯子敬殿、私は感心してるんですよ。作戦に気付いたとはいえ、あのような格好まで披露して下さるとは・・・ね?」
助け舟に入った魯粛に陸遜は微笑んだ。陸遜の脳裏に、まだ真新しい記憶が蘇える。
孫姫が仕掛けた悪戯は、周瑜の策略を成功に収めた。
周瑜は黄蓋と示し合わせてあの惨劇を演じていたのだ。蔡中達に”黄蓋私怨有り”と思わせるために。
案の定、野に放たれた蔡中達は黄蓋に近寄り、曹軍への投降を勧めた。虎を手の内に引き入れた曹操。
今回の策略は次なる策略の糧でしかない。
だが、失敗すれば全てが水の泡となる。
蔡中達に信憑性を持たせるだけの”見せ場”が必要だった。周瑜と黄蓋がいがみ合っていると。
周りもいち早く計略に気がついたが、あの時、あの鞭打ちに蔡中達はまだ疑心を捨てきれなかった。
周瑜ほどの激情家ならば、鞭ではなく剣を取ると。
だから、倒れていく黄蓋に手を差し伸べることすら出来ず、見ているしかなかった。陸遜も止めに入る機会を逸して、周瑜の動向を見ていた。
そこに天女と見まがう程の結城が現れて諌めた。
あまりの美しさに息を呑んだ周瑜の仕草は演技ではなく、それがかえって蔡中達を納得させた。女性の結城だからできたこと。
その後、そこまでした結城を気遣って”女装”ということで話は終っている。呉の重臣も結城が自分から話すまで、無理強いはしないと結論付けたようだった。
ただ、周瑜だけは結城の姿が忘れられないのか、依然として”女性に戻れ”と囁いてくる。
「あの日を堺に成長されたことは、私にとっても嬉しいことですよ、子敬殿」
ただ、悪ふざけができなくなったのは残念ですがと、微笑む陸遜だった。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




