謀略の明暗 其の七
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城は音のした方へ振り向く。
そこには見慣れた徐庶の顔があった。
「良いのです、そのままで。孔明殿から大方の事は聞きました」
「‥‥‥‥」
「やはり、貴方に何の知識も与えず見送ってしまった我らの咎でしょう‥‥」
今更、と徐庶は心苦しそうに詫びた。その気持ちが痛いほど伝わって、結城は涙ぐむ。
そして始めて気がついた。
― 聞かなかった私が悪いの。何よりも無用心すぎたのだもの。 ―
起こってしまったことへの後悔と反省。しかし、心には耐えがたい傷を負っている。
「我々は貴方をもっと知るべきだった。これ以後は孔明殿も我等も貴方を理解したいと思う‥‥」
― 徐庶様 ―
「国が違えば考えも慣わしも違う。まさか戦乱が無い世があるとは思わなかったのです」
徐庶の言葉は癒すように結城に一歩一歩踏み込んだ。ただ、心の壁は厚く・・・・閉ざされている。
相手を信用するしない等という以前に、結城は”人”に恐怖していた。徐庶はそれを溶かすかのように宥める。
周瑜と軍事に参加する孔明に出来ない事を、徐庶は参謀という立場から”見舞い”という大義名分で可能にした。
『元直殿に請う。白雪に閉ざされた芽が、春の息吹を感じられるよう・・・・』
この文面を見届けた時、徐庶は衝撃的な気持ちに陥った。芽とは結城の事であり、結城の身に何かが起こったことを告げていた。
魯粛から事情を聞き、居た堪れない気持ちだった。
会った結城はどうにも、気力すら失せて人形のように佇んでいる。彼女の他者を惹きつける徳を求め、それに応えた娘に、生きる術を何ら説明していなかったのだ。
当惑も拒絶も考えられた。
今までの結城の言動の軌跡を追っても、充分推測はついた。それでも手を打たず先延ばしにしたのは己らなのだ。
「今の世情は、戦は切っても切れぬもの」
コクリと頷く結城。
徐庶は事細かに戦とはどういったものか、参謀武将・・・それぞれの役割と心の置き方を説明した。それでも”死”に対しての道徳的な説明は不十分だった。
重んじてはいる、しかし徐庶と結城の感じている部分で何かが違う。
結城が口を開かない以上、歩みよりは難しかった。
説明のしようが無いのである。
「酷い有様ですな」
「そう嘆かれるな、元直殿」
「嘆く‥‥言いようによってはそうなりますか」
珍しく皮肉めいた口調で、徐庶は孔明に言い寄った。この男がここまで人に悪態をつくのは珍しい。
それでも孔明は穏やかな姿勢を崩さない。
「ユウ殿には早すぎたのです」
「敵の作と遭遇する事までは読んでいません。それに城から出たのはユウの無用心さもある」
「孔明、君は‥‥」
「先日、虎に襲われたばかりで場外に出るなど、無用心だけでは言い尽くせまい」
怒っている、咄嗟に徐庶は口をつぐんだ。
孔明は感情を表立って話すことはしないが、今の彼からは明らかに怒気を感じる。
その仕草で徐庶は全てを悟った。
「・・・・・一通りの説明はしたが・・・・何かが我々と違う。孔明殿・・・どう見る?」
ならば大切にすればよいのにと、非難めいた気持ちを抑え徐庶はいつも通りの口調で尋ねた。
「探れぬ以上は、歩み寄らねばなりますまい」
「それは‥‥」
「これよりは私事。詮索は無用に願います」
「君がそこまで考えているのなら、私とて何も言うまい‥‥」
徐庶は孔明の部屋を出た。孔明は大儀では無く、私事と言ったのだ。
何もかも考えての決断だったのだと、徐庶自身すっきりと納得をした。
孔明は徐庶を見送った後、結城の部屋に使いを出した。
「諸葛孔明様、ユウ様をお連れ致しました」
侍女に羽扇で下がるように合図をすると、結城に歩み寄る。震える結城の頬に手を添え、孔明はゆっくりと細い体を抱きしめた。
「怖い・・・ですか?」
頭をふる結城の耳元で、まるで自身の声を脳裏に焼き付けるように孔明は繰り返す。
「貴方の国が人を尊ぶ事も判ります。ですが国をまとめるにはそれまでの腐敗したものを一掃しなければなりません」
「・・・・・」
「死を恐れず、他を傷つけて平気でいられると思いますか?」
「・・・・・」
「否。誰もが怖いのです。しかしそれを超えなければならない。良い意味で」
「・・・・・っ・・・」
どういうことなのかと、反応を示した結城の髪を撫でながら、孔明は一人問答を続けた。
「良い国を成すにはこれまでの事を一掃する必要がある。無論、我々も腐敗すれば他の物からそうされるでしょう」
「・・・・・・・」
「大儀を掲げ、国を作る。これは、自身も限りなく律されます。故に、死は自身の戒めでもある」
文化・習慣・思想などが違う孔明の言葉。結城は躊躇いつつも孔明の言ったことを理解した。
しかし、人が目の前で殺されるのを平常心では見つめられない。複雑な気持ちが混ざった眼で孔明を見上げる。
そこにはいつに無く優しい彼の笑顔があった。
貴方は理解を示してくれた、ならばこれ以上の恐怖は必要ないでしょう と。
頬と頬を付けて耳元で囁く。
「今日は私の朴で‥‥」
「‥‥っ‥‥っ!」
「寝るだけです。それとも、戻って・・・夜更けに男の身で公瑾殿の夜這いを受けたいですか?」
「!!!」
横抱きにされた体勢で結城は孔明の首にしがみ付いた。冗談ではないと。
周瑜にしても、心配をして伺うだけだろうが結城は声を失っている。孔明の言う事も一理あった。
それに以前からの態度が、結城の恐怖を煽っていたのだ。
孔明はくっくっと笑うと、奥の朴へ抱いていく。”男の身で‥‥”と言われた割に、女性に対する仕草に気がつかない結城。
孔明は結城を包み込む。夜は深く更けていった・・・・・。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




