謀略の明暗 其の六
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城の乱心は瞬く間に、呉の参謀や将軍達の知る所になった。あえて陰口を囁く者も居らず、別段軍議に顔を出さなくても支障は無かった。
それは単に、結城の仁徳だけでなく周瑜の声掛りがあったからである。特に武将達には呂蒙の口添えも手助けになっていて、それだけ結城の存在は、奇抜なものであった。
周瑜の難題を受けた孔明と結城。それに応えた上は、当然の事、誰の目からも”特別な人物”と称される。
敵ではあるが同盟を組んでいる以上、心強い同朋なのだ。
「・・・・周都督、先の荊州戦で劉軍が蔡将軍の血族を捕らえました」
「ほぅ・・・何処に?」
「樊口から、この赤壁の我らの天幕に移してございます」
周瑜は魯粛の言葉に頷くと、孔明をちらりと見た。
この男ならば、これを如何にして活かすかと。
今回の赤壁での戦いは、軍の多さから言えば呉と劉軍の連合軍は分が悪い。長江を挟んで対岸に布陣した曹軍の大軍は、水軍に長けていないとは言え 驚異的な威圧感を見せていた。
ここ数日は手の内の探り合いのために、小競り合いすら行われていない。
これ以上、曹軍の駐屯が長引けば呉軍の士気は落ち、逆に曹軍に休息を与えることになる。
何としても今、手を打つことが肝要であった。
周瑜はゆっくりと重臣を見回し、曹軍との格差を見る。水軍を活かし、敵を破滅へと誘い込む手立て・・・・・。
「では、明日の軍議でその者たちの処分を下す」
手短に決断すると傍に居る太史慈に視線を向けた。その真意を読み取って、私が蔡中等を連れて参りましょうと進み出た。
太史慈字は子義という。
彼は弓の名手で孫策が健在であった時に配下になった男だった。屈強な男という言葉が当てはまる。
蔡瑁達が劉表の死後、長男である劉琦を差し置いて、妹の蔡夫人が生んだ劉琮を継がせたことから荊州は曹操に奪われることとなった。
無論、全面降伏をして曹操を招き寄せ そのまま荊州の使徒として仕えようと目論んだのだ。しかし、これを曹操が許すはずも無く、当然幼い劉琮や婦人もろとも手打ちにあった。
その一件に関与していたのが蔡中であり、雲行きが怪しくなった所で逃走したところを劉琦の兵に捕らえられたのである。
自業自得の結果であった。
その蔡中をどう扱うかによって戦況は大きく変わると周瑜は読んだ。
今も昔も戦は『情報』が流れを大きく変える。無論、戦略の攻防も情報からなのである。
― 如何にして巻き込んでしまおうか? ―
周瑜の脳裏には、多くの計略が浮かび上がっては消える。
涼やかな顔をして明日の会議に連れて来いと命令をした背後には、そんな因果な駆け引きがあった。
「それと・・・・」
「まだ何かあると申すのか」
突っぱねたような言い方に、歩みでた報告の男は尻込みをする。その視線は孔明の方へ向いており・・・
「徐元直殿が・・・・」
「・・・・孔明殿、徐参謀と言えば貴殿の・・・」
「周都督、ユウ殿の見舞いに参ったのです」
司馬徽の門下である孔明と徐庶。その才知は周瑜も聞き及んでいた。結城を見舞うのは大義名分か、曖昧な所だった。
思惑を飲み込み、夜は更けていく。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




