謀略の明暗 其の五
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城は無気力に空を見上げた。まだ若葉の色を纏っている紅葉が日差しを受けて揺れている。その優しい緑が揺れるたび、恐怖を知らなかった頃に戻っていく気がしてはらはらと泣いた。
その姿を遠目から見て諸葛瑾は孔明を見た。孔明はただ静かに結城を見ている。
その瞳に何を想って結城を映し考えているのか。同じ血を分けた兄弟であったが、諸葛瑾は計り知れない弟の心中に深く・・・深く溜息をついた。
「ユウ殿、大喬様が宴を開かれる様ですが如何ですか?」
堪り兼ねたように陸遜と魯粛が結城に勧めた。声は聞こえているのだろう、しかし結城は黙ったまま柱に寄り掛かって外を見ている。
精神的な打撃が、何かを失わせていた。
「ユウ殿、拙者もお勧めする。思いに耽れば心が重くなる。」
「・・・・・」
結城は優しい老将の声に振り向いた。そこには威厳と風格のある黄蓋の姿。
先ほどの件から、結城は黄蓋の傍を離れようとしなかった。
もっと簡略的に言えば、彼よりも若い者が近づくと怯える・・・・死の恐怖は挿げ替えられてしまっていた。
それでも皆、自身を心配している事に変わりなく、結城はようやく口を開こうとした。
ごめんなさい。折角ですが・・・・ と。
「・・・・・・!」
「ユウ殿、どうなされた?」
口元を覆い震える結城の顔は真っ青だった。まるで言葉を、声を発する方法を忘れたかのように頭の中は真っ白なのだ。
二重のショックが結城を襲う。
「今日はいろいろな事が起こって整理するにも時間が必要でしょう」
「孔明殿、それではあまりにも・・・・」
「何が起ころうと勉強すると言ったのはこの者なのです」
「しかし・・・・」
「起こりうる現象を受け止めるのは本人。逃げも隠れも出来ないのです」
現実から目を逸らさない言葉は深く重い。全員判っていた事だったが、結城は儚く健気だ。
そんな彼女に感情移入しても仕方の無い事。一種の擬似的な恋や同情という幻惑。
孔明は、将ならば感情を露に動揺してはならないと諌めていた。
彼の言葉は少なからずとも結城を正気にさせた。笑顔を作りお辞儀をする。その仕草で陸遜や魯粛は宴を諦め、部屋を出て行く。
元々は結城の気分転換に催そうと考えたもの。主賓が居なければ意味を成さない。黄蓋は深く礼をすると部屋を出て行った。
諸葛瑾は孔明に何かを言おうとしたが、先の反応を読み取ってか・・・無言で出て行った。
二人きりになった部屋に孔明の声が響く。
「何故・・・単独で行動など・・・・」
責める口調でも悲しむ口調でも無い。結城の行動を読み取れなかった自身へ苛立っているような声。視線が結城を動けなくさせた。
「貴方が無事で・・・・」
「・・・・っ・・・・・・・」
男性への恐怖心と戦いながら、結城は孔明の傍に歩む。
この人には心配をかけたくない、その気持ちが強くて。それを伝える術が、今の結城には無かった。
勇気を振り絞って袂を掴み、自身の頭を横に振る。
― 心配かけてごめんなさい ―
精一杯の気持ち。声を発することなく何かを伝えようとする口。
「ユウ・・・声を・・・・・」
「・・・・っ・・・・・・」
孔明は結城を抱きしめた。自身も恐怖の対象であることを解していたが、気持ちを抑えることはできなかった。
せめて自分の温もりで癒してやりたいと、衝動的な何かが行動を促す。
「ユウ・・・・・貴方に戦場は見せません。安心なさい・・・・・」
震える体は緊張を解いていく。
その夜、孔明は徐庶に使いを出した。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




