謀略の乱 其の六
「策を講じるって、何か心当たりでも?」
勢い余って城の外階段の所まで来てしまった結城は陸遜の声に歩みを止める。
呂蒙は二人の後ろで様子を窺っているようだ。
「・・・・・そんなの、あるわけない。あはは・・・もう笑うしかない」
「なーんだ、それでは公瑾様の勝ちですね。っっと、うわっ!」
「陸遜殿っ!」
突き飛ばされた陸遜が階段から落ちそうになり、呂蒙が助け舟を出す。
大体、自棄になりそうな状況で茶化す方が悪いのだと結城はふくれる。
「ふふっ、やはり貴女は呉に居た方が良い。」
「どうして、そんなこと言うのっ」
「余程、貴女らしいではありませんか。」
ふざけながら言い合う中で、陸遜は元来の結城の性格を読み取っていた。
これが普通なのだと。
結城の瞳から大粒の涙が溢れ出し頬を伝っていく。
今までかなり無理をして来たのだ、心細く理解者を探してきた・・・・
― 呉なら私をそっとしておいてくれるの? ―
陥落しそうな心の砦。
結城の瞳が曇りを帯びたのを、陸遜は見逃さなかった。
「周瑜様なら貴女の良き理解者になられる」
「しゅう・・・ゆ・・・さま・・・・・な・・・ら・・・・・」
「もう怖い思いもしない、優しく愛でられるだけなのです」
わざと”周瑜”と呼び、心を溶かすように囁く。
脳裏に数日前の情熱的な告白が蘇える。
凡そ、結城の危惧していることは解消されるだろう。
陸遜の言葉は雨水が土に染み入るかのように 心のささくれた部分を潤す。
がしかし、結城の記憶にはあの鮮麗なる小喬の笑顔もあった。
「だめ・・・絶対に周瑜殿のところには行かない!」
「・・・っふぅ、どうして、そう・・・強情なんです?」
「陸遜殿、これだけは言っておく。貴方達の国が一夫多妻を許しても、私の国の常識がそれを良しとしない!」
「考え方の相違でしょうに」
「もういい。貴方達お二人に手伝って頂かなくても一人でできます」
啖呵を切って城の外へ出て行く。
その後姿を見て、陸遜は呂蒙に視線を投げる。
「もう一押しでしたな伯言殿、斯様な相違があったとは」
「戦略を見誤ったかな・・・・少し離れて見てますよ」
「うむ。公瑾様の館では周囲の目も光っているのだ。不用意なまねはできまい。」
「念のため、都督の屋敷で寝泊りします」
結城は陸遜と呂蒙の術中に嵌っていく。
蜘蛛の巣に囚われた蝶は、如何にしてその枷をとるのだろうか・・・
周瑜の屋敷に帰り着いた結城は与えられた部屋で考える。
先日の女官を呼び、小喬の具合加減を尋ねたいと申し出た。
返事は庭園にある庵で待つとあった。
「ユウ様、先日は取り乱して・・・・命を救ってくださってありがとうございます。」
涙ながらに訴える小喬に結城は体が良くなって安心したと告げる。
「軍事での会話は心無い虚偽の中に思惑を隠して遣り取りしますから・・・・本気になさらないで下さい」
「判っているつもりでした。でも、私・・・」
「周瑜殿を愛しておられるのですね」
「・・・・・聞きました」
「え」
「私、貴女なら・・・我慢できますわ」
「小喬様っ!」
結城は狼狽した。
もう話していたとは・・・・結城は震える声で突破口を見出すために話だした。
「小喬様、私は自国に・・・・心を通わせた方が居るのです」
「!!!」
「貴女もお判りになるでしょう?意にそぐわぬ男性に娶られても、私は死を選ぶだけ・・・」
「なんと・・・・ああ、公瑾様・・・・公瑾様はそのことを?」
結城は弱々しく頭を振った。
涙ぐむ小喬に、自分はどうしても帰らねばならないのだと告げる。
「公瑾様は慈悲深い方・・・・でも、一度お決めになったことは覆さないお強い方なのです」
「逃れる方法が一つだけあるのです」
「どのような・・・・私に協力できますか?」
「ええ。でも詳細は話せません。貴女が周瑜殿を裏切る形になってしまうでしょう?」
どこまでも相手のことを思いやる結城に、小喬は心打たれ涙を流した。
「では、どうすれば?」
「貴女の姉君であらせられる大喬様に『料理人を二日拝借したい』という主旨の手紙を送って下さい」
「料理人・・・・」
「理由は何でも良いのです・・・・来賓にご馳走を振舞いたいとか・・・・・・但し、商人の格好でよこして下さい。」
「判りました。」
「小喬様・・・こんなことに巻き込んでしまって・・・・・・すみません」
「いいのです。これで恩が返せるのならば・・・」
小喬は即座に庵を出て使いを出した。
その日の夕方、商人が結城の部屋で商談をしていると報告が上がった。




