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天涯地神伝  作者: 真白 歩宙
結城の章

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謀略の乱 其の四

結城はあれから丸一日眠った。

(しつら)えられた部屋は日の差し込む花々に囲まれた庭園が一望できる場所。


孔明は孫権の開戦宣言とこれからの軍事戦略のために柴桑(さいそう)城の参謀室へ出向いていた。



「ここは・・・・」


記憶を辿り、自分が小喬と池に落ちた所までを思い出す。

(ぼく)仰臥(ぎょうが)した状態で自身の衣が内衣だけなのに声を上げる。

それも、自分の物ではない。


「この服は・・・・・・」


と、考えた所で結城は下腹に妙な痛みを感じた。

まさか、と飛び起きて掛け物を除いて蒼白になった。


「ど・・・・どうしよう・・・・・・」


白い内衣の(すそ)が赤く染まっている。

それは結城が女子である紛れもない証拠。

結城は泣きたくなった。


ここで女子だと言う事が露見(ろけん)すれば、謁見の間で大胆不敵(だいたんふてき)な言葉を言ったのが”女性”という事になる。

それに先日孔明・周瑜の二人を相手に怒鳴ったばかりなのだ。

孔明に知られても周瑜に知られる事だけは避けたい。


「どうしよう・・・この時代に・・・・用品なんてないよ・・・・・どうすれば・・・・」


ガタガタと震え(あせ)る結城だったが、このままにする訳にはいかなかった。

周瑜が帰ってきたらこの間の非礼(ひれい)を謝罪しなければならないのだ。

しかし、情緒不安定なこの時期に”手立て”を考えるには、とてもこの境遇(きょうぐう)過酷(かこく)すぎた。


「ユウ様、お起きになられましたか」

「・・・・・・!」

公瑾(こうきん)様がお見えになりますので、お衣を着替えて頂く様・・・・」

「な・・・何をっ!」


掛け衣を取ろうとした女官は怪訝な顔をして止まる。

その彼女に結城は震えながら言葉少なげに、自分でできると言う。

しかし、女官は湯を用意させて人払いすると、結城に掛けられていた衣を引き()がした。

力が弱まっていた上に、眩暈までしていた結城は『あっ』と声を出して倒れた。


布を湯に浸して結城の(けが)れを拭き取っていく。

内衣を()がされ、新しい衣を肩に掛けると下着と布を折りたたんだ物を渡した。


「これ・・・・・」


― この時代って・・・生理用品あったの?しかも下着まで・・・・・ ―


「これは西の国の女性が愛用されている物です」


ようやく口を開いたかと思えば、そのルーツを語った。

終始無言だったのは、結城が怯えきっているに他ならないのだが。

後から差し出された物に驚く。


「西の最果て・・・・インドよりも?」

「・・・・そこまでは存知えません。ただこの長江や北の大河と同じく大きな河の辺に済む民族・・・・」


そこまで聞いて結城の目は驚きに変わった。


世界四代文明・・・・エジプトやインダス・・・確かにエジプトは紀元前の頃から医学は進んでいた。

今は孔明が呉の国に居ることを考えれば208年くらいだろう。その頃の交易物。

交易ルートを辿れば、エジプトの麻・金・・・・それらが東国の方へ流れてもおかしくは無い。

地中海の歴史は民族紛争が多かったが、中立の立場を取る商人の活躍も目覚しかった。


ギリシア・ローマ・エジプト等・・・・名だたる国々の産物。


最後に渡された物を見て結城は確信した。

現在の女性が使っている原型がそこにあった。

麻とは違った柔らかな絹で編まれた小指ほどの塊。


「こちらは・・・・あまりお勧めできませんが・・・・お歩きになるなら仕方ありません。」

「・・・・これは・・・その、みんな・・・・・・・」


口を(にご)す結城に女官は、身分のある婦人方ならば使っていると言う。


生理用品や下着の起源は古い。縫う・織る技術が発展したのもシュメール人やエジプト人が先立っている。

特にエジプトでは女性のミイラから今日使われている用品の原型が発見されているのだから。

西暦200年の中国にそれらの案が実用的に伝わっていてもおかしくないのである。

美しくありたいが恥ずかしい事は隠したい、という気持ちはどの時代の女性も同じようだ。

必要は発明の母と言うが、これほど実用性に富んだものは無いだろう。


周瑜が来るのであれば、長く話し込むかもしれない。

それを考えると、使わないわけにはいかないのだ。


手早く身支度を整え、窓を開ける。

空気が入れ替わった頃、周瑜は部屋に来た。



「先日は失礼をした。我妻を助けて頂き礼を言う。」

「非礼・・・・お許しください。」


声は緊張(きんちょう)で小さく消え入りそうだ。

眩暈(めまい)を起こしながら見上げると、周瑜は直ぐ傍まで来ていた。

昨夜の厳しい表情とは違い、優しい眼差しがそこにはある。


「あの時 私には選択肢が無かった。」


外の花を見ながら周瑜は静かに言う。

貴女が追いかけてくれて良かった、同性同士の気持ちはやはり通じるのだなと笑う。


「!!」


声も無く驚いて口を塞ぐ結城に周瑜は歩み寄る。

笑みは消え、真剣な眼差しが結城を捕らえた。


「貴女が女性だという事は周知(しゅうち)の事実」

「そんな・・・・・・・」

「貴女はどう隠そうとも女性だ。この呉に留まれば怯える必要もあるまい」

「な・・・・」

恩義(おんぎ)に応えたい。貴女を面倒みたいのだ」

「え・・・・・」

「貴女ならば小喬も納得するはず・・・・・」


言われた意味が判らず、結城は泣きそうな顔で周瑜を見る。

周瑜は結城を抱きしめて、その腕に閉じ込めた。


「放して‥‥周瑜殿‥‥」

「貴女は判っていない。その直向(ひたむき)さに男が弱い事を。」

「別に恩義に感じていただかなくて結構です。それに、好きでもないのに囲われるなんて・・・・」


嫌なのだと、拒絶するのが精一杯だった。

彼の考えている事が判らない。一夫多妻など結城には考えられないのだから。


「私は周瑜殿に甘える気はありません。他の誰であっても、いや・・・です」

「なぜ、そのように頑なになられる?」

「恋愛だって・・・まだなのに・・・・・どうして、結婚してる男性の元に行かなくてはならないの・・・」

「私には正妻が居るが、貴女の事を(おろそ)かにすることは断じてしない。」


違う、結城はパニックになって叫んでいた。

自分の居た国では一夫一妻で それを犯せば不実な”浮気”とみなされるのだと訴える。

結婚や男女間の認識の違いが結城を苦しめる。


「今は引き下がろう。私も貴女の生まれた国の風習や考えなど知らないのだから。いきなり号に従えと言っても詮無(せんな)い」

「いくら言われても無理です」

「ならば、私は策を講じなければならない。どうあっても貴女が欲しいのだ」

「周瑜殿、よく考えて・・・・小喬殿は”捨てられる”そう思っただけで身を投げた人。あの笑顔を消さないでっ!」


間違いなのだと、切に訴える。

こんな形で白羽の矢が立つなど、結城は周瑜の気持ちが収まってくれるのを願った。



「具合は良くなりましたか?」

「孔明様」

「その分ではまだのようですね」


寝室の隣にある部屋に明かりが灯されているのを見て、孔明は部屋に入ってきた。

具合を尋ねる孔明に対して、言いようのない不安を抱く。


― まさか孔明様も知ってるの? ―


あの周瑜が見破(みやぶ)ったのだ。孔明も同じくそうであろうと考えるのが普通。

そんな筈は無いと否定する気持ちの他に、見破っているのなら守って欲しいという乙女心が生まれてしまう。


「どうしました?」

「周瑜都督が怖いです」

「そう、ですか」

「孔明様?」

「では私が話相手をしましょう」


いらっしゃいと寝室の帳を除けて中に入ってしまう。

結城は高鳴る鼓動を抑え切れず、真っ赤になった。

朴に寝るように言われ、ぎくしゃくした動きで朴に寄る。

薄暗い蝋燭(ろうそく)の明かりの中で上着を脱いで内衣の姿になると、朴に横たわる。


孔明も上着を椅子に掛けて、結城に添うように横たわる。


「貴方の生まれ育った所はどのような国なのですか?」


不意の質問に結城は面食らったように聞き返す。

男女が共寝をしているのに、この質問なのだ()に落ちない。

孔明は笑いながら、風習や考え方や政ですと答える。

ようやく、宥めてくれるために傍に居るのだと悟り、結城は照れながらもポツリポツリと話し始めた。


「政治ですか・・・・戦争はしてはいけないと国が定めています」

「ほぅ・・・他には?」

「この国は一夫多妻なのですね・・・・」

「妻を一人としないのは子孫繁栄の現れですが、ユウ殿の国は違うのですか?」


結城は違うと答えた。だから安易に結婚は決めないのだと。

先程、周瑜に対して言った言葉をもう一度口にする。


「私の居た国では一夫一妻で それを犯せば不実な”浮気”なのです。不貞は男女共に当てはまるの・・・・」

「成る程。貴女はとても幸せな国で育ったのでしょうな。」


孔明の言葉を受け取る前に、結城は夢の中に(さら)われていた。

その寝顔を見ながら孔明は囁く。


「貴女が身持ちの堅い方で安心しましたよ・・・・」


顔を寄せて安心しきって眠る娘を包み込む。



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