謀略の乱 其の三
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
結城は先程から緊迫した中に身を置いていた。
周瑜が面会を受けてからもう一時は経っている。
目の前の麗人、呉の都督はまだ若くその眼光は冴え冴えとした月の光のよう。
彼は開戦に対して難色を示している。
孔明の弁も彼の弁も、表は穏やかに。しかし内は探り合いで・・・・魯粛は見守っている。
何故、自分はこの席に居るのか?そんな考えまで浮んでしまうくらい会話のレベルが違った。
魯粛は結城を見て、朝まで続くであろうこの論争に付き合うことを気の毒に思った。
「公瑾殿・・・話は孔明殿が居ればよろしいかと、ユウ殿には別室にてお待ち頂いては・・・・」
そこで初めて結城の存在に気が付いたかのように周瑜は視線を走らす。
刺すような視線にビクリとする、もはや眠気などあるわけが無い。
恐ろしい、そう感じてしまうのは、彼の眼力故なのか。
周瑜は、そうであったなとやんわり言いながら女官を呼ぶ。
案内をするようにと、指示を手短に出したのだが、女官は言い辛そうに小声で夫人が茶を入れていると言う。
その声を聞き取ったのか、しばらくして孔明は周瑜に切り替えした。
「公瑾殿、呉の民がそんなに大切なれば、戦もしないで曹操の機嫌を取る方法があります。」
「ほぅ、孔明殿それは如何なる方法か。」
聞いてやろう、という口ぶりで応じた周瑜はこの後激怒するのだが・・・・
孔明は羽扇で仰ぎながら微笑む。
「呉には彼の有名な二喬が居られる。その大喬小喬の二人を船で曹操に贈ったならば、喜んで呉の降伏を受け入れるでしょう。」
「な・・・・・何を言っておられるのです、孔明殿!」
魯粛は慌てて諌めたが、孔明は涼やかな顔をしている。
周瑜は怒りの表情を露にしたが、女などで曹操が応じるものかと嘯く。
「曹操は銅雀台を建てて
驥老伏櫪
志在千里
烈士暮年
壮心未已
と歩出夏門行に詠んでおります。」
その言葉は周瑜の逆鱗に触れた。
要は、銅雀台を建てて全ての柱や壁に彫刻を施し、自室を迷路のような奥に設え、左右の建物の間に玉龍と金鳳の橋を掛け渡し 美女を侍らして、大喬小喬の二人を迎え入れよう。という何とも大胆な詩だった。
「大喬とは亡き主の妻、小喬とは私の妻だ!孔明、何を言うっ!」
この時代の貞淑は絶対。
曹操の手に渡れば二人は生きてはいまい。
それよりも何よりも、昼間の彼女の幸せそうな顔が浮ぶ。
結城はなりふり構わず叫んでいた。
「そんなこと許されるはずが無いっ!」
「ユウ殿っ?!」
魯粛が驚いたように結城を見たが、結城は孔明に反論していた。
「小喬様は周瑜殿を愛されている、昼間お会いしたあの幸せそうな微笑を彼女から奪うおつもりですか!」
「奪うかは・・・・・公瑾殿が決める事。そなたは控えていなさい。」
「信じられないっ、私は言って良いことと悪い事があるって言っているんです!」
その時だった、一番聞かれたくない相手、小喬が女官と扉の所に佇んでいた。
血の気を失って震えている。
「公瑾・・・様・・・・・」
「小喬、下がっていなさい。この件は貴女には関係無いのだから。」
周瑜の言葉が終らないうちに部屋を出る小喬。
結城は慌てて周瑜に詰め寄った。
「追いかけないのですか・・・・」
「今は論議の最中、貴方も下がられよ。」
「嘘でもあんな事を聞いてしまったら、貞淑を守ろうとするでしょう・・・・貴方の妻はそういう誠実な方じゃないの?!」
言うなり、結城は彼女を追った。
徐庶の母親の件で、この時代の女性の考え方が厳しいものなのだと記憶付けられていた。
自分だったらと考えれば容易に推測がつく。
― 好きな人と別れるのなら、死を選ぶ・・・ ―
庭に走り出た結城は彼女の後姿を追った。
お腹が引き攣るように痛い。
池に身を投げようとする彼女の袂を掴んで引き寄せる。
抵抗する彼女に、本気にしてはいけないと叫ぶ。
それでも体勢を崩した小喬を支えようとして、結城共々池に落ちてしまった。
沈んでいく体を必死に食い止め、水面に顔を出す。
水を飲んでしまったのか、小喬は動かない。
明かりを灯した男達が走りよって、二人を引き上げる。
駆けつけた周瑜と孔明は地面に寝かされた小喬を見て青ざめた。
「起きてっ!息をっ息をして!」
必死に呼びかける結城に小喬は涙を流した。
失意から弱々しく息をする彼女を抱き上げて周瑜は孔明に向く。
「孔明、貴方が言うまでも無い。私は降伏を進言するつもりなど無いのだから。」
「存じておりました。」
「孔明殿とユウ殿を屋敷へ。今宵はゆっくり休まれよ。」
周瑜はそのまま屋敷の中に消えた。
「大丈夫ですか。」
「・・・・・・」
「これも・・・・・・・策略の一つなのですか・・・・孔明様・・・・」
「小喬殿があのような激情を秘めた方だとは思いませんでした。助かりましたよ。」
うそ、と結城は泣きそうな顔で孔明を見上げる。
二人の言葉に踊らされていたのだと、腹立つが動こうにも力が入らない。
近くにいた男が結城を支えようとしたが、孔明は羽扇を結城に渡すとその体ごと横抱きにして歩き出す。
「孔明様っ!」
「これは私の謝意だと思ってください。」
あまりの恥ずかしさに赤面する結城だったが、その顔を見られまいと孔明の懐に寄せる。
その仕草を見て、孔明は微笑むばかりであった。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




