謀略の乱 其の一
三国志の史実と演義の登場人物が出てくる中で、あらゆる策謀が渦巻く中、彼らとどう対峙していくか。
大門が開かれ敷石が広がる城への道。
左右に兵が並び、壮大な出迎えに結城の足は止まった。
― 女性の身でこのような場に立たされるのは、見るに忍びないですね。 ―
陸遜はチラリと横に並ぶ結城を伺う。
目を閉じて息を整えている姿は健気だ。
― 大丈夫‥‥ここは都心の朝よりも多くない。 ―
「陸遜殿、お願いします」
「判りました」
おや、と陸遜は結城を見る。
先程と雰囲気が変わったのだ。何がそうさせたのかは判らない。
が、結城は勅使同行者としての顔になっていた。
歩み始めた二人。
城へ入る広い階段の前で銅鑼が ド――――ン と鳴り響く。
陸遜が結城を連れてきた合図。
その震撼するような音にも微動だにしない。
結城は意識を現代の経験と照らし合わせて凌いでいた。
― これは表敬訪問と同じ。それに、会社同士の会議とかあったじゃない・・・・ ―
だから何を見せられても、当り前なのだと思い切る決心をしたようだった。
落ち着いて考えて見れば何の事は無い。
会社の企画部に所属していた結城は、他社の職員の前でプレゼンテーションをやっていたのだから。
割り切れば、悲観的にならずにすむ。
孔明は、自分のやる事を見て学べと言った。
素直にそれを実践すれば良いだけなのだと、結城は前を見据える。
「おお、ユウ殿・・・船酔いは平気でしたか?」
「魯粛殿、ご心配おかけしました。お気遣い心に痛み入ります」
顔を上げた結城を見て魯粛はやはり、正解だったのだと確信した。
穏やかに微笑んでいる表情は、見る者を魅了する。
「伯言殿、どおやら貴方にお任せして良かったようだ」
「子敬殿、私は何もしていませんよ。門をくぐって変わられたようです」
「ほほぅ・・・・おお、孔明殿」
魯粛は奥の間から現れた二人を見る。
諸葛瑾と孔明に陸遜は礼をとり、互いの名を明かしあった。
ふと、視線が結城にゆく。
「孔明の兄子瑜と申すが・・・具合が悪いのであれば別室にて待機なされよ」
この先の論争に結城を巻き込まぬようにと、子瑜の計らいだった。
その言葉に孔明は羽扇をひらひらとさせる。
それだけで充分だった。
「恐れ入ります。しかし私は見聞を広めに今回の同行を決意しました。よって何を見聞きしようと今後の糧とする所存に存じます」
「子瑜殿、同行を願ったのは他でもない私なのです」
「なんと・・・・子敬殿、貴行何を考えて・・・・」
「子瑜殿、何かあれば私がユウ殿を別室に案内しますから」
「そうあってはならぬから、言っておるのだ・・・・」
「まぁ、それはそうと謁見の刻限ですぞ」
謁見の間の扉が開く。
錚々たる文武百官が立並ぶ広間の中央に、孫権は座していた。
孔明と結城が孫権の前まで中央を歩いていく。自然と視線が追って来る。
側面に立並ぶ重臣と挨拶を交して、孔明は孫権に切り出した。
「曹公は中原を平定し、天下に号する権威を握りました。その上、南下し荊州をも手中に。
今では曹軍と対抗できる者も居ない有様。我主劉備も逃れに逃れ、樊口に駐屯しております。
孫将軍も自らの力を勘案して対策を講じられますよう・・・・」
「・・・・・・」
「もし、対抗しうるとお考えならば、速やかに旗幟を掲げ、できぬとご判断あれば、曹公に降伏して臣従なさるがよろしいでしょう。
しかし、孫将軍を拝したところ表面は降伏を思い、内面で決めかねていらっしゃる。これでは国を失うは必定でしょう・・・・」
「ならば、さっさと玄徳殿も投降してしまえば良いではないかっ」
怒りだした孫権に孔明は穏やかに言った。
「我主、玄徳は漢室の末裔です。敗れたとしても、曹公に降伏するなど断じてありません。」
「・・・・・十万の水軍を持つ私が何故に孟徳ごときに臣従せねばならんのだっ!」
歴史に名高い”赤壁の戦い”を誘うような問答。
智謀の軍師孔明の後ろ姿は喩えようも無く、神々しく感じられた。
「我君よ・・・・取り乱されては・・・・・・」
傍に控えた張紘の進言で孫権はいきり立った気持ちを封じ込めた。
開戦の宣言までには至らない。
「では、もう一人の使者殿に問う。そなたはどう思っておるのだ」
意表をつかれた結城は驚いて孫権を見上げた。
視線が合い、体が一瞬にして硬直するのがわかる。
緊張が走ったのは結城だけではなかった。
魯粛や陸遜・・・・孔明までもが結城を振り返る。
「恐れ入ります孫君、ユウ殿は同行者で・・・・」
「それがどうした、この場に居るのは考えあっての事であろう」
言わない事ではない、と諸葛瑾が目を閉じる。
最早、結城の言葉を皆が待っていた。
視線を合わせていた結城はゆっくりと、その小さな唇を開いた。
「孫君様のお心次第でございます」
「なぬ、私の心次第だと・・・・」
まるで謎解きのような言葉が飛び出た。
その真意を読み取った孔明は羽扇をヒラヒラと舞わす。
少しの間を開けて、結城は語調を研ぎ澄まして孫権に述べる。
「古くから善き指導者は熟した時を見極めます。逸して民を滅亡へと先導すれば、古今東西の万民に後ろ指を指されることになります。 今がその時かどうは孫権様でしか計れません。どうぞお心のままに・・・・・」
これ以上の口上は無かった。
相手の心を孔明が暴いた、それを分析して述べた言葉。
否定をせず良し悪しを並べ、逃げ切れないように言葉で固め、手綱を緩めるが如く放置する。
これは結城が仕事で学んだ営業戦略の話術だった。
凛とした声がその場の空気を一変させていた。
その後、孫権は懇々と孔明の言葉に耳を傾け、数日の猶予を設けた。
読んで下さって、ありがとうございます。
毎日、一話ずつ投稿できたらと思います。
貴重なお時間を使って頂き、心から感謝します。
誤字脱字に関しては、優しく教えて頂けましたら幸いです。




