臥龍の眼 其の四
「ユウ殿、何処に参られる?」
「え・・・・・?」
「ああ、私は関興と申します。」
「もしかして・・・・関羽将軍の?」
「父です。関平は兄になります。」
ああ、と結城は頷いた。
苗字の同じ者が多いのは現代の中国でもお馴染みだったが、やはり繋がりまでは把握しきれない。
曖昧に笑って、では、と河畔を行こうとする。
「参謀文官殿がお独りで行かれるのは危険です。」
「はぁ・・・・?参謀?誰が?」
「誰って、ユウ殿ですよ、孔明様が言ってましたよ”私と徐庶付きの参謀文官である”ってね。」
些か語調が馴れ馴れしくなってきたのは、結城が的外れな事を聞き返して親密感がわいたのだろう。
― 仲達殿の処と同じ待遇って・・・・何も出来ないのに・・・・みんな勘違いしてない?! ―
途方も無い待遇に溜息をついた結城に、関興は着いて行くと言い出した。溜息を、困っていると勘違いしたのであろう。
独りきりで考え事をしたかった結城だったが、仕方なく彼の同行を承諾した。
とうとうと流れる川のせせらぎが心を穏やかにしていく。
「関興殿、あれは?」
「あれ・・・・ですか?釣り人のようですね。」
「何が釣れるのかな?」
結城は手を振って何が釣れるのですかと叫んだ。
慌てた関興は結城の口を塞いだが、船はゆっくりと二人の方へ寄って来た。
「何やってんですか、参謀殿!」
「え・・・聞けば早いかな・・・・と。」
「もし、敵や呉の船だったらどうするんです!」
「・・・・・そんなことも・・・・あるよね・・・・。」
申し訳無さそうに見上げる結城に、関興は溜息をつく。
見れば小船には船頭と釣具を持った男が一人。軍人とは程遠い・・・如いて言うなれば太公望と言った所か。
安心した結城は男に微笑んだ。
「先程、呼ばれたのは貴方方か?」
「・・・・はい。魚・・・逃げちゃいましたよね・・・すみません。」
「いやいや、私は考え事をする時、古にあやかって真似事をしているまでなのです。ほら・・・ね?」
差し出された糸には針がついていない。
船から降りた男は伸びをしながら、船頭に待つように言う。物腰の良さからして只人ではないだろう、関興は警戒心を露にした。
「私は商人の次男坊で料理人を目指す伯言と申す者です。失礼ですが貴方方は?此方の軍の方ですか?」
「私は佐倉ユウと申します。えーっと、私って?」
「・・・・・来賓待遇という感じなんじゃないですか。申し送れましたが私は関興と申します。」
「来賓らしいです、伯言さん。」
伯言と名乗った男は笑った。自分の官職や待遇を忘れるなど、普通ありえない。
天然のうつけ者か豪胆な者のどちらかだ。
「ユウ殿、この辺りは魚が豊富に捕れるのですよ。まぁ、私には縁遠いですが。」
「確かに豊富そうですよね。大河の周りには種々の魚がいるし、肥沃な土がつもって米の栽培が進むでしょうから。」
何気に言った単語に関興が首を捻る。
「ユウ殿・・・・水が近くにあれば米を作るのは当り前だろ?」
「まぁ・・・そうだけど、それだって水があればいいってわけじゃないけどね。」
「北の大河は麦が主なんですよ。」
「へぇ、博識なんだな。」
素直に感心する関興は面白がって聞いている。最早、言葉遣いに他人行儀な部分はなくなっていた。
気にかかっているのは結城の言った、水だけの力ではないという言葉。しきりに聞きたがり、伯言も興味を示している。
結城は仕方なく説明するために、小枝を探した。
「大河が何故形を変えるか判る?」
「はぁ、形なんか変わるわけねぇだろ?」
「洪水とかで地形が崩れることがあるんですよ。」
「そうとも言うし、そうとも言い切れない。」
「・・・?」
― こんな所で理科や地理の勉強を教える事になるなんて・・・・ ―
「見てて下さいよ、関興殿。」
「おう。」
結城は枝で地面を穿り返しながら太い線を描き、伯言の持っていた筒で水を汲むと上流にあたる部分から徐々に流しだした。水は浸透して溢れた物が蛇行しながら通って川へ戻っていった。
「これが川。で・・・・もう少し流すと面白くなるから。」
2・3度繰り返すと、柔らかくした土を水が削って下流へ押し流す。関興と伯言は驚いて見つめていた。
「地形は変わる。水の勢いが土手を削って少しずつ川の流れを変えていくの。」
「成る程。」
「削られた土砂が転がって小さく砕かれながら下流に流れるから、上流の山の栄養を蓄えた土が貯まって肥沃になると言う事。」
「あれくらいの岩かな・・・・・こんな感じになるの。」
大きな岩を指差した後に足元の石を指差す。伯言も関興も、これには驚きよりも感動の声を上げた。自然の現象を判りやすく説かれたのだから無理も無い。
「感服いたしました。どうか私と共に来て頂けませんか?貴方をもてなしたい。」
「えっ・・・・?」
「おいっ、勝手な事を言うな!」
「心配ならば、貴方も来ればいい。」
― 無断外出なのに行けれないよぉ ―
「昼をご馳走したいのです。何、私の家は船で行けば直ぐそこですから。」
「でも・・・・」
「しつこいぞ、無礼は許さんっ!」
「関興殿っ!」
いきなり剣を抜いた関興を結城は伯言の前に飛び出して諌める。
「伯言殿は善意で言ってくれたのですよ、剣をしまって下さい。」
「ぬぅぅ・・・・。」
緊迫した空気が広がった。
がしかし、それは馬の蹄の音と共にかき消された。
ヒヒィィィンッ
「ユウ殿っ!」
「どうしよう、、趙雲殿達が・・・・・・私は何処にも行かないから、関興殿、剣をしまって!」
「・・・・・判りました。伯言殿、お引取り下さい。」
伯言は結城に近寄ると、また会いましょうと囁いて船に乗った。高台から此方に走ってくる趙雲と徐庶。
「ユウ殿、今の御人は?」
「料理の食材を捕りに来ていた料理人だそうです。」
「・・・・本気で伯言の言った事を信じてるのかよ、めでたい参謀殿だよな。」
「あ~関興ってそんな事いうの?あんな事言わなきゃ私もここまで説明なんかしなかったんだから!」
「ユウ殿、関興殿・・・・どうしたと言うのでござる・・・・?」
「趙雲殿、行きましょう!」
呆れる趙雲の前でふざけるように言い合う二人。まるで兄弟喧嘩だ。結城は趙雲の腕を引っ張って丘を登っている。
「説明とは・・・・これの事ですかな関興殿。」
「え・・・・はい、米ができるのは水だけの力じゃないって言い出すし、河が地形を変化させるなんて言うから・・・・。」
「ほぅ・・・それでこれを?」
徐庶は地面に描かれた河を見た。土を柔らかく掘り起こして水を流したのだろう。
蛇行した流れは正に大河に似ていた。
「徐庶殿・・・・ユウ殿は水が岩を運んで小石や砂利を作り、肥沃土にすると言った・・・・それは誠ですか?」
実演を見せられても 尚 信じがたいのだろう。
目の前の大河を見て関興は溜息をつく。
「長い年月をかけて石は砂利に、砂利は砂になる。万物流転・・・・関興殿は今、ユウ殿に現象を見せてもらったのでしょう。」
「・・・・ユウ殿って凄いな・・・・・。」
「さ、参りましょう。」
徐庶と関興は結城達の後を追った。




